誰に焦点を当てるかで、配慮も違うことを学びました
数年前のことです。
私は、健康診断の結果を発送するお仕事をしました。
検査に引っかかって、再検査をした方への検査結果でした。
2人で、作業をしながら、「たぶん、とっても気になっているだろうから、早く送ってあげたいよね。」
「土、日、待つのはイヤだろうから、金曜日にはつくようにがんばって送りたいね。」と話していました。
すると、話を聞いていた、先輩事務員さんがいいました。
「それは、ちがうわよ。」と。
「再検査で、異常なしだった人は、それでほっとするだろうけどね。要精密検査だった人は、病院に行きたくても、
開いていないじゃない。」と。
それを聞いて、私たちは、「おぉ~ぅ。」と思わず唸ってしまいました。
そこまで、考えていなかった。
ちょっとね、苦手な先輩だったんですよ、その方、いわゆるお局様的な、厳しい方だったから。
だけどね、その言葉を聞いて、見ているところがちがうんだなぁ~って、思いました。
そういう配慮をしてこられた方なんだなって。
苦手なのは、私が、まだまだ未熟で、その方のことを理解してないからだなぁ~と。
ちょっと怖いと思っていたけど、ちょっぴりその先輩のことが好きになりました(笑)
私たちもね、一応、配慮したつもりです。ただ、対象が、「再検査の結果、異常なし」だった方を見ていたんですね。
その場合は、土日をはさむより、一刻も早く、検査結果を見て、安心させて差し上げたほうが良いと思うわけです。
一方先輩は、「再検査の結果、更に検査、もしくは要医療」の方を見ていたのです。
その場合、病院にも行けず(検査機関など、公共の医療機関が多いので、土日、休みだったりします。)不安を抱えて土日を過ごすより、むしろ、月曜日に届いたほうが、いいと先輩は考えたようです。
誰に焦点を当てるかで、配慮の仕方も違うということをその先輩に教わりました。
そして、誰に、より焦点を当てたほうがいいのか、ということも教わった出来事でした。
子育てならぬ、子育てられ
子育てって、自分育てだっていいますね。
本当にそう思います。
子育てを通して自分が育っている感じ。
でもって、もっと言うと、「子育てられ」
子に育てられています(笑)
子どもがいなかったら、おそらく出合わなかったであろう出来事に、日々成長させられています。
子どもが小さいときも、ちょっぴり、うっすらと思うことはあったけど、今、子どもたちが大きくなってきて、子育ての日々を振り返ると、子どもたちに育ててもらったなぁ~と思うのです。
特に、「自分がどういう考え方をしているのか?」とか「自分はどういう人間なのか?」といった、自分を見つめるということは、子育てを通したり、子どもを観ていく中で、気づくことが多いです。
今の時代、子供を育てるって、本当に大変だと思います。
だけど、だからこそ、子育てができるって、ありがたいこと。
たまたま?ウチにやってきてくれた、3人の子どもたちと、この子どもたちをもたらしてくれた夫に、改めて感謝したいと思っています。
いつも、私を育ててくれ て、ありがとう♪
愛をもらいました(笑)
夕方、下校時に娘を迎えに行きました。
しばらく駐車場で待っていると、娘が、友達と出てきました。
友達に、別れを告げ、車に近寄ってきた娘が、胸の前に大きなハートを作って、「〇ちゃんと〇ちゃんが、『アイラブユー』だって、ハートもつけないとダメなんだってさ。」といいます(笑)
中学生女子に愛をもらいました。
カアサン、非常にうれしいです♪
また、別のお友達から、「○○(娘)のおかあさん、いいなぁ」といっていただきました(笑)
これまた、ありがとうございます。
(ただ、私と娘は、絶対、「お友達のおかあさんのほうがいい」、と主張しました。そこ、絶対です(笑))
今日は、女子中学生にモテモテでした。
人生で、あんまりモテたことがないので、テレながらも、超~うれしくて、さらにしあわせになったカアサンでした。(///∇//)