ごめんくださ~い
私が小さかった頃シリ~ズ(笑)
突然始まりました、このシリーズ、1回で終わるかもしれないけど、やってみよう♪
私が小さかった頃、お店は昼間も暗かった。
うすぐらーいお店に入りながら、できる限りの声を振り絞って「ごめんくださ~い!」と叫んだものだ。
すると、お店のおばちゃんかおじちゃんが「はいはい」と出てくる。
やおやのおばちゃんは、私のことを知っているから、「あら、〇〇ちゃん、お使いね?」と聞いてくる。
お店のものを自由に選ぶ事はあんまりなくて、おばちゃんに、「何々をください。」というと、持ってきてくれてね。
たま~に、ごほうびをくれたりするんだよね(笑)
そして、「ありがとうございました。」かなんかいって、ん「ばいば~い。」っていってたかな?
とにかく何かしら言って、かえってたきがする。
駄菓子屋の、おじいちゃんとおばあちゃんは、愛想がない人たちだったね(笑)
何でも触っちゃいけなかったし。
すんごい優柔不断なこどもだったから、すっごく決めるのに時間がかかってたな。
弟は、すっごく早かった(笑)
そういえば、そのお店も、薄暗かった。
昨日、夜に24時間営業の地元スーパーに行ったら、これでもかというくらい電気がついていた。
節電の時期なのに、とか、関係ないくらい「これいらんやろ。」とおもったね。
あのころの引き戸は自動ドアになり、「ごめんくださーい。」もいらなくなった。
店内も、こんなに明るくしなくても、ってくらい明るくなった。
知らないうちに、必要以上の電力を使っているんだね。
全く、昔に戻る事はできない。
だけど、少し、今の生活を見直す時期なのかもしれない。
それに、小さい頃は、お使いをすることも、コミュニケーションの練習になっていたんだよね。
今は、何にも話さなくても、買い物できちゃうね。
らくちんだけど、ちょっと寂しい気もしなくもない。
たまたま、私が、スーパーとか、そういうお店しか行かないからかもしれないけど。
小さなお店では、そういうことが今もあるのかもしれないな。
あ、そうそう、自分にとって、お店やよそのおうちに行ったときにかける言葉だった「ごめんください。」が、テレビで、帰る時に「ごめんください。」と使われたときに、すっごい衝撃だったのを、思い出してしまいました(笑)
言葉って、不思議だなと思いました。
「ねんねんなぁ~して。」
娘がちいさかったころ、眠くなると、「ねんねんなぁ~して~。」とよく言ってきました。
「ねんねんなぁ~。」はね、「ねんねんなぁ~、おころりなぁ~。」と歌いながら、とんとんしてあげることです。
長男には、「ね~んねんころり~よ~、おこぉろーりよ~、ぼうやのこもりはどこーへーいったー。」と子守唄を歌っていました。
だけどね、これ、短調だから、ちょっと寂しい感じになっちゃうのね。
時々、悲しそうに泣いたりして。
で、ちょっとずつ、変えていって、行き着いたのが、長調なかんじで、「ねんねんなぁ~、おころりなぁ~。」の繰り返し(笑)
長調だけど、単調です(笑)。
子どもの呼吸に合わせて、とんとんしながら、歌ってあげると、よく眠ってくれました。
呼吸に速さに合わせるのがコツです。
そして徐々に、ゆっくり目にしていきます。
ねていいんだよ~、と自分も寝そうな感じでゆった~り寝かしたほうが、寝てくれた気がします。
こちらの気がせいていると、寝てくれないよね。
ときどき、夫にもしてあげました(笑)
末っ子の夫は、自分がしてもらった記憶がないそうです。(下に弟妹がいれば、見る機会があったかもしれないけど、自分がしてもらうだけだと、憶えてない可能性があるよね。)
私も、弟に母が子守唄を歌っているのを見て、自分も思い出したという感じでした。
もう、今は、ねんねんなぁする相手もいないけど。
夫も忘れてるだろうし(笑)今更しないし。
震災などで、不安そうなお子さんにも、とんとんしながら、子守唄を(オリジナルでいいと思います。)歌ってあげると、安心してくれるかもしれません。
あぁ、もう一度、あのあま~い声で「ねんねんなぁ~して~。」って言ってくれないかなぁ。
あとは、孫に期待するしかないな(笑)
母のぬくもり
私が小さかった頃、今のように、便利な道具はさほどありませんでした。
都会だと、もしかしたらあったかもしれないものも、田舎の小さな小さな町でしたから、なかったのかもしれません。
冬は、湯たんぽを使ったり、コタツがあったり、ストーブはあったかな。
おじいちゃんのうちには、火鉢がありました。あ、コタツもおじいちゃんちは、掘りごたつだった。
冬は、隙間風が吹いたりして、寒かったように思います。
(とはいえ、一応南国です。)
そんな冬に母がしてくれたこと。
さむーいとき、一緒に寝ている母の足の間に私のつめたーい足を挟んでもらいました。
あったかかったのを覚えています。
私の足が冷たいからね、しばらくすると母の足(太もも)も冷えます。
そうすると、ちょっとずらして、あたたかいところに移動します。
おかあさん、いつまでも冷たかっただろうな~。
コタツが温まっていないときには、母の胸元に肌着を入れていてくれました。
人肌に温まった肌着で、冷たい思いをすることなく着替えができていました。
母の胸元からは、私の肌着や、乳児だった弟の肌着が出てきました。
自分が、母親になって、できるかなと思ったら、出来ませんでした(笑)
だって、子どもの足ってすっごく冷たいんだもん。
痛くなっちゃうの。そのときに母の偉大さが身にしみました。
すまん、子どもたち。
むしろ君たちのほうが、湯たんぽのようだったね。
母からもらったぬくもりをおんなじ形では、子どもに伝えられなかったけど、たぶん、きっと何か別の形で子どもたちに伝えられていると思いたい(笑)
なんか趣旨が、だいぶずれてきたような気がするけど、母のぬくもり、ふと思い出したので、書いてみました。