カアサンの今日のひとりごと -41ページ目

ごめんくださ~い

私が小さかった頃シリ~ズ(笑)


突然始まりました、このシリーズ、1回で終わるかもしれないけど、やってみよう♪



私が小さかった頃、お店は昼間も暗かった。


うすぐらーいお店に入りながら、できる限りの声を振り絞って「ごめんくださ~い!」と叫んだものだ。


すると、お店のおばちゃんかおじちゃんが「はいはい」と出てくる。



やおやのおばちゃんは、私のことを知っているから、「あら、〇〇ちゃん、お使いね?」と聞いてくる。


お店のものを自由に選ぶ事はあんまりなくて、おばちゃんに、「何々をください。」というと、持ってきてくれてね。


たま~に、ごほうびをくれたりするんだよね(笑)


そして、「ありがとうございました。」かなんかいって、ん「ばいば~い。」っていってたかな?


とにかく何かしら言って、かえってたきがする。



駄菓子屋の、おじいちゃんとおばあちゃんは、愛想がない人たちだったね(笑)


何でも触っちゃいけなかったし。


すんごい優柔不断なこどもだったから、すっごく決めるのに時間がかかってたな。


弟は、すっごく早かった(笑)


そういえば、そのお店も、薄暗かった。



昨日、夜に24時間営業の地元スーパーに行ったら、これでもかというくらい電気がついていた。


節電の時期なのに、とか、関係ないくらい「これいらんやろ。」とおもったね。



あのころの引き戸は自動ドアになり、「ごめんくださーい。」もいらなくなった。


店内も、こんなに明るくしなくても、ってくらい明るくなった。


知らないうちに、必要以上の電力を使っているんだね。



全く、昔に戻る事はできない。


だけど、少し、今の生活を見直す時期なのかもしれない。



それに、小さい頃は、お使いをすることも、コミュニケーションの練習になっていたんだよね。


今は、何にも話さなくても、買い物できちゃうね。


らくちんだけど、ちょっと寂しい気もしなくもない。



たまたま、私が、スーパーとか、そういうお店しか行かないからかもしれないけど。


小さなお店では、そういうことが今もあるのかもしれないな。



あ、そうそう、自分にとって、お店やよそのおうちに行ったときにかける言葉だった「ごめんください。」が、テレビで、帰る時に「ごめんください。」と使われたときに、すっごい衝撃だったのを、思い出してしまいました(笑)


言葉って、不思議だなと思いました。



「ねんねんなぁ~して。」

娘がちいさかったころ、眠くなると、「ねんねんなぁ~して~。」とよく言ってきました。


「ねんねんなぁ~。」はね、「ねんねんなぁ~、おころりなぁ~。」と歌いながら、とんとんしてあげることです。


長男には、「ね~んねんころり~よ~、おこぉろーりよ~、ぼうやのこもりはどこーへーいったー。」と子守唄を歌っていました。


だけどね、これ、短調だから、ちょっと寂しい感じになっちゃうのね。


時々、悲しそうに泣いたりして。


で、ちょっとずつ、変えていって、行き着いたのが、長調なかんじで、「ねんねんなぁ~、おころりなぁ~。」の繰り返し(笑)


長調だけど、単調です(笑)。


子どもの呼吸に合わせて、とんとんしながら、歌ってあげると、よく眠ってくれました。


呼吸に速さに合わせるのがコツです。


そして徐々に、ゆっくり目にしていきます。


ねていいんだよ~、と自分も寝そうな感じでゆった~り寝かしたほうが、寝てくれた気がします。


こちらの気がせいていると、寝てくれないよね。



ときどき、夫にもしてあげました(笑)


末っ子の夫は、自分がしてもらった記憶がないそうです。(下に弟妹がいれば、見る機会があったかもしれないけど、自分がしてもらうだけだと、憶えてない可能性があるよね。)


私も、弟に母が子守唄を歌っているのを見て、自分も思い出したという感じでした。



もう、今は、ねんねんなぁする相手もいないけど。


夫も忘れてるだろうし(笑)今更しないし。



震災などで、不安そうなお子さんにも、とんとんしながら、子守唄を(オリジナルでいいと思います。)歌ってあげると、安心してくれるかもしれません。



あぁ、もう一度、あのあま~い声で「ねんねんなぁ~して~。」って言ってくれないかなぁ。


あとは、孫に期待するしかないな(笑)

母のぬくもり

私が小さかった頃、今のように、便利な道具はさほどありませんでした。


都会だと、もしかしたらあったかもしれないものも、田舎の小さな小さな町でしたから、なかったのかもしれません。



冬は、湯たんぽを使ったり、コタツがあったり、ストーブはあったかな。


おじいちゃんのうちには、火鉢がありました。あ、コタツもおじいちゃんちは、掘りごたつだった。



冬は、隙間風が吹いたりして、寒かったように思います。


(とはいえ、一応南国です。)



そんな冬に母がしてくれたこと。


さむーいとき、一緒に寝ている母の足の間に私のつめたーい足を挟んでもらいました。


あったかかったのを覚えています。


私の足が冷たいからね、しばらくすると母の足(太もも)も冷えます。


そうすると、ちょっとずらして、あたたかいところに移動します。


おかあさん、いつまでも冷たかっただろうな~。

コタツが温まっていないときには、母の胸元に肌着を入れていてくれました。


人肌に温まった肌着で、冷たい思いをすることなく着替えができていました。


母の胸元からは、私の肌着や、乳児だった弟の肌着が出てきました。



自分が、母親になって、できるかなと思ったら、出来ませんでした(笑)


だって、子どもの足ってすっごく冷たいんだもん。


痛くなっちゃうの。そのときに母の偉大さが身にしみました。


すまん、子どもたち。


むしろ君たちのほうが、湯たんぽのようだったね。



母からもらったぬくもりをおんなじ形では、子どもに伝えられなかったけど、たぶん、きっと何か別の形で子どもたちに伝えられていると思いたい(笑)


なんか趣旨が、だいぶずれてきたような気がするけど、母のぬくもり、ふと思い出したので、書いてみました。