若い人は都会に出てどんどん減っていき
そして、高齢化が進む。
だから、今までやって来たからやるというのではなく、
行事の意味を問い直し、再定義すべきである。
ところで、正月4日、9年ぶりに※¹講組の御日待ちに参加した。
かつて、12軒あった講組も高齢の方が逝去され、
また、昨年はご不幸が多くあったため参加者は半分だった。
写真:中山神社の中山鳥居(寛政3年(1791年)に建立)
木鼻がないことと貫が柱を貫通していない点が最大の特徴で
津山盆地の美作国一宮にふさわしい荘厳さで、
全国的にも珍しいと評価されている。
写真:中山神社 本殿
写真:2016年1月4日自宅で執り行われた御日待ち
ちょうど十年前の2016年、我が家が当番で
美作国一宮 中山神社の神主のご祈祷の後
講組の方々をお酒と料理でもてなした。
写真:中山神社本殿 秋季大祭の様子
それ以降、講組の家族で亡くなった方は、6人にのぼる。
コロナ感染症があったため、
場所を中山神社の本殿でやっていたらしいが
我が家は参加していなかった。
農家をやっている家は少なくなってきている。
だから、五穀豊穣はちょっとピント外れだ。
家内安全と健康が第一で
言ってしまえば平凡かもしれないが、
今年も幸せなことが多くありますようにとか、
夢が叶いますようにと祈るというのが現実的だ。
そして、旧部落の講組が集まるのだから、
今では希薄になってきている相互扶助のありかたを検討する親睦場にしてはどうか。
趣旨がそうならば、新たに近所に住む方々を誘ってもいいかも知れない。
※¹日待ち(おひまち)」と日の出を待ちながら五穀豊穣や家内安全などを祈願する日本の伝統的な民俗で、
地域によっては神主が家々を回って神事を執り行ったり、集落の人が集まって夜を明かして祈る形式もありますが、
近年では内容が簡略化されたり、親睦行事として継承されています。
もともとは太陽信仰(日祭り)と仏教(庚申待など)が結びつき、夜通しで飲食や談笑をしつつ、早朝の日の出を拝むことで、神様への感謝と地域の繁栄を願うものでした。
※講組(こうぐみ)は、経済的・信仰的・親睦などの目的で地域によって住民が結成する集団で、相互扶助を目的とした頼母子講(たのもしこう)や、伊勢講・富士講などの社寺参詣のための団体、葬儀などを助け合う葬式組(無常講)などが代表的で、日本の村落社会における重要な横のつながり(平等的結合)を形成していました。かつては冠婚葬祭や冠婚葬祭の準備、農作業の手伝いなど、現代の行政や互助会のような役割を担い、情報交換や娯楽の場としても機能した、地域の基盤となる組織です。









