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デザインは筋肉だ

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ライバルと競う、争う。切磋琢磨する。

研磨するということは、互いにぶつかり合うということ。
輝きたいなら、ぶつかり合わなければならない。
デコボコした心に柔らかい布では意味がない。

丸くなった心なら、柔らかい布でも、磨けば輝ける。

形の違う、尖った心や、歪な心には、固い意志でぶつかる覚悟が必要。

同じような心を持つもの同士、きっと形は似ている。だからぶつかれば「意志の固い」「固さの勝負」になり、その先の道に、その心の形では通過できない入り口が待っていても、「心の形が違う」と通れない。ずっとその場所に居座り続ける。意志は固く、重くなれば移動も億劫になり、心の成長は、というより心の変化は、そこで止まる。ただ、その形が気に入っているなら、別の道を探せばいいだけの話。心の形をとるか、行きたい道を取るかの違い。

人の心は、ダイヤモンドのカットように計算された研磨で輝くことはないが、他から光を反射して輝くダイヤとは違い、人の心は自ら輝く。だから、自分では心の形が見えない。眩しくて見えない。蛍光灯を見上げてじっと見るとぼんやり形は見えるが、くっきりと形状を捉えられない。

ふと心が暗くなったとき、誰かの光で自分の心が照らされ、その時に自分の心の形がわかる。

どこが傷ついるか、どこが尖っていたか、どこが汚れているか、どの「ホコリ」があるのか。

誰かの光が眩しくて一方的に拒んで、心を隠しておきながら「変われない」と、嘆いていた。

ダイヤをダイヤで磨くように、心は心でしか磨かけない。輝きたいのならそうするしかない。


でも…私の心は脆い


そう思うのなら、意志を固めるだけ。「絶対に壊れない」「折れない」という覚悟を持って。
それだけでいい。
結局は、気持ちの問題。