もう今はどんなところにもAIがおります。
最初は「自分で調べた方が有意義」なんて思って
ググったりもしてたけど
いざ一回使ってしまうと
AIの有能さと作業効率の良さに圧倒されて
次からは頼らずにはいられない・・・。
というわけで
最近ではチャッピーことChatGPTや
GoogleのAIのジェミニを
なにかにつけて利用している。
までも
彼らの返答をうのみにすることなく
最後には自分で調べたりもするようにしてて。
あくまでも「アドバイス」的な。
なにか商品を買うときに
自分で調べるよりは
簡単に比較できるし。
ここ最近だったら
ブログにも書いたけど
HDDからSSDに替えたり
メモリを増設した時も
AIにいろいろ相談したおかげで
間違った買い物せずに済んだし。
本当にすごいですねぇ、AIって。
「ググる」なんて言葉が
そろそろ死語になりそうなくらい。
本を読み終えた時も
その本の内容をおさらいしたり
ミステリの考察をしてみたり。
シリーズ物だったら
続編の内容はちゃんと伏せてくれるし。
めちゃくちゃ有能な秘書が
手に入ったような感覚に陥っちゃいますね。
でも
あまりに依存しすぎると
自分で考える事まで
億劫になってしまいそうで
使用頻度は気をつけないといけませんね。
それこそ携帯電話やスマホで検索するようになってからは
細かいことを覚えてなくても
「ネットで調べたらいいか」って
覚えなくなってきたような気もするし。
老化かも知れないけども...
それでも
「考える」ことだけは
AIに依存しないようにしないとな、と。
読書が趣味だから
いろいろ頭で創造する脳は
そこまで衰えないとは思うんだけどさ。
でも
いざとなったら
本のあらすじやオチなんかも
全部教えてくれちゃうわけですから。
「本なんて読むの無駄じゃない?」
なんて思ってる人もいるかも知れないし。
ちょっと前に
久々に本を読みながら泣いたんですが
そういうのはAIに頼ってたら
なさそうですもんねぇ。
ちなみに久々に読みながら泣いたのは
原田マハの「永遠をさがしに」
原田マハの作品は
いくつか読んだことはあるけど
今回もなかなかいい作品に出逢いました。
アナログとデジタルと
上手く使わないとなぁと思いながら
寝る前にチャッピーに
ちょっと調べてもらったりしている男。
学生時代にチャッピーがいたら
どれくらい助けられたのかなぁ。
ちなみに
チャッピーいう呼び名が浸透したのは
ちょっと腑に落ちない。
チャットの可愛い呼び方なんだけど
チャットはChatGPTだけじゃないでしょうに。
まぁ携帯電話を
ケータイと略した時の違和感に
ちょっと似ている。
ららら~♪
