- 前ページ
- 次ページ
帰って来ました。
当初の予定を若干変更して、
メキシコ → グアテマラ → ベリーズ(通っただけ) → キューバ
の4カ国をまわってきました。
あーーーーーーーーー、
エエ旅やった。
我ながら。
途中から完全に、現地での更新を怠りましたが。笑
まぁいくつか書きたいこともあるんで、
一日1コずつくらい書いて更新していきたいです。
旅をしていると、たくさんの人に出会う。
たくさんの人に出会い、たくさんの瞳を目にする。
ときに、やさしさがその目に溢れている人に出会い、
ときに、強い意志を帯びた鋭い瞳を持った人に出会う。
自分は、どんな目をしているのか。
鏡の中の自分を覗いてみても、たぶんそれは分からない。
自分で自覚するものじゃなく、ひとが見て、感じるものだから。
自分は、聖人君子だとは思っていない。
むしろコンプレックスだらけで、
嫉妬深く、その上わがままな性格だ。
ちょっと気を抜くとすぐダレてしまうくせに、
他人の嫌なところはよく目につき、イラ立ったりもする。
でも、そんな自分でも。
たとえ100日のうち99日、イヤな自分だったとしても。
もし本当に困っている人が目の前に現れたら、
精一杯の気持ちをこめて手を差しのべたいと思うし、
もし本当にゆずれない場面に出会ったら、
自分の信念が示す方向に、勇気を出して足を踏み出したいと思う。
その、一瞬でいい。
その一瞬、
目の奥になにか感じてもらえるものがあれば、
それでいいと思っているし、またそうありたいと強く思う。
2001年9月11日、あの同時多発テロを米国留学中に現地で目の当たりにした高校生の著書。単なる体験談と感想くらいのものだろうと軽い気持ちで買ったが、その内容の深さと意見の鋭さに驚かされた。同年代の人間が書いた本に圧倒されたのは初めて。
あくまでテレビの画面や新聞の記事でしか<9.11>に触れてこなかった自分には、内側から見たアメリカ国民のイラク戦争への意見の対立や葛藤など、現場にいた人間にしか分からないリアルな記述がとても印象に残った。
「アメリカ=傲慢な国」という考えが頭のどこかに常にあり、戦争に対する考え方、国家に対する考え方など、そのすべてを「傲慢なアメリカ人」として一括りにしてイメージしていた自分が恥ずかしい。
アメリカは多種族国家であり、たくさんの人々がそのそれぞれのルーツ、宗教、文化に基づいて考えを持っている。当然、今回の同時多発テロでも意見が分かれ(単に白か黒かというものにとどまらず)、様々な場所で対立が見られた。著者の高校でも例に漏れず、議論を繰り広げられたが、生徒達がその葛藤の中で「戦争とはなにか?」に真剣にぶつかっていく様は、同じ時代を生きる人間として考えさせられるものがあった。
ひとりが好きです。
いつもひとりでブラブラしてます。学校の食堂なんかでも、ひとりで食べてることが多いです。趣味は読書と一人旅です。ガヤガヤしたところはあんまり好きじゃないです。静かな場所でぼーっと遠くを見つめてる方がいいです。
一日中、ほとんど誰とも話さない日が続いてもけっこう平気です。でもあんまり続くと、しゃべり方を忘れてしまうので、最近はよくないなと思ってます。
友達は多いか少ないかよくわかりません。
とくに多い方でも少ない方でもないと思います。別に積極的な方でもないけど、けっこう誰とでも仲良くなれます。
ひとりの時間が長いから、たぶん他の人より、誰かと一緒にいる時間は短いと思います。でもだからといって、関係が浅いと思ったことはありません。なんでかな?よく分かりません。
友達は大切です。
いなかったら生きていけないと思います。卒業間近に控えて、最近それをひしひしと感じます。
半年ほど前、ひとりの友達が自殺をしました。
そのちょっと前まで、普通にメールとかしてたコなので、それ聞いても最初は信じられませんでした。 夜になって、ようやく現実を受けとめだしたら、今度は涙が止まらなくなりました。泣いても泣いても涙があふれ出てきて、もう、なにがなんだかわからなくなりました。
次の日、お葬式のあいだ中、頭はずっと真っ白でした。考えることを放棄したかったんだと思います。
帰りの電車で、クラス一緒だった女の子と話をしました。
誰が、いつ、突然、目の前からいなくなるかわからない。だから本当に本当に友達は大切にしなくちゃいけない、って。
そんな話をしました。
今でもそう思います。
ひとりでいたいっていうのと、友達を大切にしたいっていう、2つの感情が常にからみ合って、おれを複雑な気持ちにさせます。別に矛盾するわけではないけど、整合するわけでもないので、たまに困惑します。
そういうところが時々自分でも、ものすごく嫌になったりします。その反面、そういうわけわからん部分が、自分らしいかなとか思ったりして、ちょっぴり気に入ってたりもします。
まぁなんていうか、うまく言えないけども。
運命のイタズラのもとにこうして出会って、
こんな無茶苦茶なおれにかまってくれてるみなさん、
本当に本当に、心からありがとう。
偶然とかって言葉では
片づけられない何かがあるんだと信じたい。
たまにしか会えない人も、
たまにしか会えないからこそ、
その時間を大切にしようと最近は思ってます。
これからも、ずっとずっとよろしく。
思い返せばトゲトゲしていた時期もあったけど、
最近は本気でそんなことを思うようになりました。
いや、ホントに。
あんまりそんな風には見えないだろうけど。笑
んで最後に。
こんな自己満極まりない長文を
いつも飽きずに最後まで読んでくれて、
もう一回、
心からありがとう。
誕生日です。4月4日。
毎年、新学期やらなんやらでドタバタしてる時期で、みんなに忘れられそうになるので早めにアピールしときます。今年は入社式直後の人も多いんで、特に注意を促しときます。具体的にはっきり言うとメールかプレゼント待ってます。まぁめんどくさいんでメールでいいです。
さて、タイトルの「おかまの日」についてですが、みなさんご存知でしょうか?
知らない人のためにマジメに説明しとくと、3月3日が「ひな祭り」で女の子を祝う日。5月5日が「こどもの日」で男の子を祝う日。なのでその中間、4月4日が「おかまの日」である、というワケです。
「なにを言うとんねん」、とか言われそうですが、彼ら(彼女ら?)にとってはこの日は当然一大イベントなわけで、ワイドショーなんかでも結構取り上げられてたりします。おすぎとピーコもハイテンションです。
ちなみにもうちょっと僕の誕生日についてアピっておくと、
「こう見えてワタクシ、
1984年の4月4日4時46分に生まれマシタ」
という輝かしい功績が挙げられます。
あと2分早く生まれていたら一体どうなっていたんだろう、という永遠の疑問を胸に秘めつつ、
「好きな数字は?」
って聞かれたら、迷いなく、
「4です」
って答えるようにしてます。
さて、そんな僕ですが、今までにも何人かの「4月4日生まれ」に出会ってきました。ちなみに同じ誕生日の芸能人は「コージー冨田」とか、なんかパッとしない奴らが多いです。
ただ、彼らはもちろん「おかま」などではなく、しっかりした奴らです。むしろおれを筆頭に世界的に見てもいい奴ばかりです。
とまぁここまで誕生日のみでムリヤリ話を引っ張ってきましたが、
「4月の誕生日をアピるには、いくらなんでも早すぎたか?」
という至極当然の疑問にぶち当たってしまったので、3月になってからもう一度、全く同じ記事をコピペしてエントリーしたいと思います。
以上。
