私の家から車で3分かからないそのマンションは
通勤時にかならず通るので
近頃人の気配がないことは感じていた。




半年以上閉めきられていたカーテンと
ベランダにかかっていた
役目を果たしていない2本の物干し竿も
とうとう姿を消し、

誰も帰ることのない空き家になったことを私に分からせた。








ぶたのおじちゃん、おばちゃんの住んでた家が、引き払われたのだ。
きっと本家のほうに帰ったのだろう。

ぶたは一人暮らしをしているからあまり関係ないのだが、




でもその昔はそのマンションで

おばちゃんのつくる美味しい料理があり
おじちゃんが帰ってきて嬉しそうに私を呼ぶ声があり
安物の服ででファッションショーをする弟がいて



そしてぶたがぶにぶにといて
私がへらへらといたんだよな。



この世に敵なしな笑いや
甘くてしびれそうな愛のささやきや
神経が腐りそうな喧嘩や
どうしようもないほどの涙。




6畳の、あの陽当たりの悪いひろぶたの部屋。
住む人がいなくなった今も
ほこり一つかぶらず私の頭によみがえる。
もう絶対にそこに戻ることはなくなったんだけど。





ぶたが20歳になったお祝いに
『ぶた』の絵を丁寧に描いてあげたんだ。

一人暮らしを始めたひろぶた、
二人の思い出の品やアルバムや交換日記は全部マンションに置いて行ったくせに
その豚の絵だけは新しい部屋に飾ってくれた。





おまえの絵が好きだと
何百回、何千回も言っていた。








あたしね、
個展をすることになったんだ。

たくさんの人がね
あたしの絵を見て楽しんでくれてるよ。







なんて言ったら






君は

喜んでくれる?
悔しがってくれる?










それとも新しい彼女を助手席にのせて

『あいつには頑張って欲しいよ』

なんて言いながら見にくるのかな。







けっ。








君が
心穏やかに夜を過ごせるように。
こんな重たい元カノを
一瞬も思い出さずに済むように



今夜は個展のメールをしないでやるよ。




誕生日おめでとう。ぶたくん。