汚い言葉を使う理由は? | simのブログ

simのブログ

ちょっとした、日記

台風被害に心を痛めることも、誰かが亡くなる訃報を聞いて心を痛めることも、

 

人間の当たり前の「感情」であり、共感すべき感情ではないのかな?と思うのですが。

 

ネットの中傷は誰が得になるんでしょうかね。

 

酷い言葉で誰かを傷つけ、心を苦しめる行為に何を得るんでしょうかね。

 

言葉を吐いた人は、顔や素性が分からないから、何とでも言えると思うのでしょうが、その行為が年齢を重ねていくうちにどれだけ無駄で、愚かだったと気付くのか。

 

見知らぬ人だから傷つけるのでしょうか?自分を知ってほしくてでしょうか?それとも、自分の言ってることは正しいとでもいうのでしょうか?

 

誰が見ても、「悲しい」と思う場面に、真逆の反応を示す人間は「人」とは思えない。

 

死にたいほどの感情、死を目の前にした人の恐怖を、「痛み」として考えることが出来ないのでしょうかね。

 

人間はいつか「死」を迎えるのに、少しでも楽しく、人として優しく生きていきたいと思わないのでしょうかね。

 

優しい世の中であってほしいな。どうせ寿命は決まっているのだから、悲しい事よりもたくさん笑って、たくさん楽しんで全うしたいな。

 

文字には感情が見えない無機質なものだけれど、救われる言葉や励みになる言葉がたくさんあるはず。どうか、文字から発せられる、優しい「熱」だけが心の届けばいいな。