みなさまこんにちは〜


完全にタイミングバラバラの更新になってしまってます。すみません。


気づいたら福祉の世界で仕事をしていた私はここで働く理由って特に無かったと思う。

知らないことばかりで発見が多い現場の仕事に面白さは感じていたし、今もそれは続けられる理由のひとつなのかもしれないけれど。。



以前色々な現場で仕事をして行くとそこで長く仕事をされている大先輩が同じことを口にしていた。


障害者と携わる仕事の人は、

私は障害者だから。


難病の方と携わる仕事の人は、

私は難病患者だから。


「私は○○だから」と当事者に自分を重ねている言葉なのだと思っていたけれど。

そうではなく、日々それくらいその人たちの事を常に考え、一日中その人の支援方法や身体の心配をしているとのことであった。


当時はそこまで一人一人の支援に入り込んだ人が、世の中まあまあいるのかなと思っていたけれど、最近お話を聞かせていただく仕事に就いてから、四六時中一人一人に想いを巡らせるようになった。

あの人は次会う時までにどのような変化があるか、生活や生きることが苦しくないか。

相談員としての私よりも一個人としてその方に出来ること、出来る声掛けは何かなど出来るだけハンドメイドで一人一人の相手に合わせた関わりを持ちたいと思った。


そうして仕事をしていて最近、私自身も相手に受け入れて欲しいという気持ちがある事に気づいた。

でもそれってきっと相手は鏡のような存在で、自分も相手も互いにこんな自分を受け入れて欲しいという気持ちがあるように思う。


そして、支援者とか非支援者を超えてこの人と一緒に生きていきたいという気持ちが出てくるようになった。

普通に友達になれたらなあとか思うことも多い。


そう思うようになって、一緒に生きていくことが今の仕事を続ける理由になり始めている。

最後は家でも建てて色んな人シェアハウス事業でもしながら、共に生きることを選ぶかもしれない。


仕事をする理由や見え方が変わってきており、まだまだ経験すべきことがあるって事なのかなとか思う。