子どもに怒りたくなるとき。
わたしの場合、その根っこにはたいがい
「心配」と「不安」とがガムのようにへばりついていて。
なかかなか簡単には取り除けない。
その「心配」と「不安」をさらにたどっていくと
「そんなことでは、しあわせになれないじゃない!」
っていう、
心臓をつかまれるような、恐怖にも近い感覚を覚える。
ありきたりだけれど
じゃあ、その「しあわせ」ってなんなんだろう。
あらゆることがわたしの感覚とは異なる二人のわが子。
好きな食べ物も
きらいな食べ物も
好きな色も 音楽も 遊びも
得意なことも
苦手なことも
朝ごはんに食べたいものも
好みの服も
宿題をやるタイミングも
どれもみんなちがうんだもの。
しあわせの基準だって同じなわけない。
わたしのモノサシで子どものしあわせをはからない。
ほんのほんの狭い世界で
たかだか40数年生きただけのわたしのモノサシなんて
子どもたちを狭い世界に閉じ込めるだけだから。
わたしにできることは
子どもたちの人生を奪わないこと。
自分の「不安」や「心配」を
子どもたちに解消させようとしないこと。
自分で抱えられるようになること。
わたしのモノサシで子どものしあわせをはからない。
(自戒をこめて2回目)
雨の朝、つれづれなるままに。
子どものこころのコーチング協会 インストラクター
発達凸凹アカデミー 子どもの発達アドバイザー
髙橋 祐子

