大部屋な人々。 -5ページ目

大部屋な人々。

51歳にして初めての入院を経験しました。
すばらしき人間という生き物。
感じたままに書き綴ります。

12月16日(月)午前

紹介状を書いて頂いた大学病院は自宅から電車でも車でも約15分のところにあります。

9時には受付を完了してほしいと言われていたので、8時30分には病院に着いていました。

病院に向かう短い時間や待合で待っている時間、いろいろな事が頭をよぎります。


 僕には大きな腫瘍があることは間違いない。。。 
 腫瘍ってことは、、、良性なの? 悪性なの?
 悪性だったら、、ガンってことだよなぁ。。。
 でもこんなに元気だし、、、ガンってことはないよなぁ。。。



 どんな治療をするんだろう?
 入院とかするのかぁ?
 入院なんて初めてだなぁ。。。
 ていうか、、、病名は何?



 仕事は続けられるのか?
 続けられなかったら、どうすりゃいいんだ?
 なんとかなるかぁ。。。 



 ひょっとして、、、余命3ヶ月とか言われたりして。。。
 いやいや、、、このままほっとけば3カ月で治りますよ。。。だったりして。。。




いよいよお呼びが掛かりました。

診察室に入り、ご紹介して頂いた呼吸器外科のK先生に初めてお会いします。



先生「前縦隔に握り拳よりも大きい位の腫瘍があります」

僕 「はい」  それはわかってる。。。

  

CTの画像。仰向けに寝ている状態での胸部分。
上の方の大きなグレー部分が腫瘍。



先生「この腫瘍が何なのかを検査して、それに応じた治療をします」

僕 「はい」 

先生「明日から予約を入れてもいいですか?」

僕 「はい」

先生「外来でできる検査は外来でやって頂きますが、腫瘍の細胞を取って
   どんな種類の腫瘍なのかを調べます」

僕 「はい」

先生「1泊の検査入院をお願いします」

僕 「はい」



 先生から言われた事に「はい」としか言えない。。。
  
 いろいろお聞きしたいと思っていたのに。。。

 結局現段階では何もわからない。。。


12月17日(火)午後

核医学検査のため、ガリウムシンチ注射

ガリウム67(67Ga)というラジオアイソトープを含んだ薬剤を注射して行う核医学検査です。
この検査は腫瘍や炎症に集まる性質を利用して、
全身及び各部位の病巣の有無・進行状況を調べます。


12月18日(水)夕刻

MRI撮影

  
12月19日(木)朝  

核医学検査


12月20日(金)~24日(火)

心友とバンコクツアー! 
至福の時!病気のことなんて忘れて、リラックス!
楽しかったなぁ!! 








そして12月25日から1泊の検査入院を迎えます。
それは突然の事でした。


2013年12月12日(木)午前

自宅近所の掛かりつけのお医者さんに2カ月に1回、定期的に薬を貰うために行きました。

普段通りに問診だけで処方箋を出してもらい帰ろうとしたところ


先生「何か変わりは無いですか?」

僕「特に変わりません。 強いて挙げれば最近胸に圧迫感が少しあるかなぁ、、」

先生「それでは久しぶりに胸の写真を撮りましょう」


その場で胸部レントゲンを撮影することに。


先生「んん、、、!! 何か大きな影が見えますね。」

 かなり驚いていられる様子。

僕「はぁ。。 何なんですか?」


 痛みや苦しさなども特に無いので、状況がよく掴めない。


先生「これだけではよく見えないので解りません。すぐにCTを撮りましょう!!」

 焦ってる感が少し伝わってきます。

僕「はぁ。。」

 何か大きな問題が起きていることが伝わるには充分な先生の様子。



先生「近くの総合病院に予約をすぐに入れます。 今日午後行けますか?」

僕「今日は無理です。 明日の午前中でしたら。。」

 平日に丸一日予定が無いほど、僕は暇じゃない。


 看護師さんが直ちに連絡を入れて、翌日のCTの予約が完了。


先生からは、レントゲンでは詳しく見えないがと前置きのあと

「前縦隔(肺と肋骨の間 胸の前部)に何らかがあります」
 とのこと。

僕としては、半信半疑というか、意味不明というか、、


「そう言われても、、、よくわからない、、、 僕は病気なのか?」


2013年12月13日(金)午後

総合病院にて造影剤を投与してのCT撮影に。

技師により粛々と撮影は進められます。初めてのCTではないものの

あの独特のウィーンという音や造影剤の身体が熱くなる感覚は決して心地よくはありません。

撮影後にCDとコメントが記載されている書類を厳重に封がされた封筒に入れて渡されます。

これを持ってまた掛かりつけのお医者さんへ向かいます。


持って行ったCDをPCに挿入し、画像が現れます。

先生「すぐに大学病院クラスに行きましょう。紹介状をすぐに書きます。」

僕「はぁ。」

 この期に及んでもよくわかりません。。。

先生「前縦隔に大きな腫瘍があります。 詳しく検査して、治療が必要です」

僕「はぁ。」



 胸に大きな腫瘍がある。 これしか理解できない。


週末の金曜日だったため、翌月曜日に朝一で大学病院へ行く事となりました。

僕にとって一生忘れることのできない、13日の金曜日となりました。


その日の晩ご飯の時。家族にこの事を伝えると。。。

僕「胸に大きな腫瘍があって、検査して、何らかの処置をしなければならないらしい」

妻「ああ、そうなの」 次女「・・・」無言というかリアクション無し。

 このまま話題は変わって行ったので、僕の病気の話はこれで終わり。

 僕自身が僕に起きている病気についてよくわからないのに

 家族はアバウトすぎてもっとわからないないんだろうな、、と解釈。

 ただ、、少しでも心配してくれている様子がみたかったな、、、これ本音。


土曜、日曜と普段通りにゴルフの練習に行ったり、家族で食事に出掛けたりして

運命の月曜日を迎えることになります。
一昨年の11月にBLOGを休止させて頂きました。

なんでBLOGを休止させて頂いたのかをご説明させて頂こうと思います。


2005年んの7月にスタートして約7年間、いろいろな事を書いてきました。

中には物議をかもした内容の記事の時もあったようです。

発信すると言う事は、誤解を招いたりすることもあり

特に文章での一方的な伝達には注意が必要だとも知りました。


ブログを始めた頃はまだまだ現在のように当たり前の存在ではありません。

ましてや「ブログはこう使え!」的なビジネス的な要素は薄く

書き手のパーソナルな発信が中心で、書き手の思いや人となりを知る事が出来ました。

私自身もブログを始めたきっかけは、会社を知ってもらおうとか、会社の理念の宣伝とか

あんな仕事もこんな仕事もやってますとか、自社製品の優位性を認知して貰おうとか

そんなことよりも、お客様や仕入れ先様への感謝の気持ちや仲間たちへの感謝の気持ちを

書いてきたような気がします。

中には理不尽と感じた事について噛みついたり、あえて自分を追い込むような内容だったり。


そしてブログ以降、FACEBOOK Twitter と新たなSNSが世に誕生し

発信のツールも選択肢が広くなりました。

私もFACEBOOK Twitter ともにアカウントを持っています。

すでにこの2つのツールも、ビジネスに連携させることで成果を上げられている企業も

数多く存在しています。

BLOG FACEBOOK Twitterを駆使して、会社の認知度UPとビジネス拡大。

携わられている人はそれなりに苦労や努力をされて、一所懸命にされていると思います。

でも、、、これって、、、仕事ですよね。。。

仕事であれば一所懸命に努力するのは当たり前。。。


私は、思い立ったときに好きな事を書けて、それを発信できるBLOGが好きです。


読者を増やすために1日に何回も更新したり、当り障らない説法のような内容で

共感者を増やそうとしたり、他社の違いや優位性を前面に出したり

そこに携わる人たちとお客様との繋がりを美化して表現したりすることで

潜在顧客の脳にこの会社の人たちは素晴らしい的な刷り込みをかけたり。。。。

とても上手に使われて、業績を伸ばしてられる企業さんもいくつか知っていますし

上場準備のためにBLOGを閉鎖して限られたインナーにだけ発信している代表者もいます。


私のBLOGは仕事ではありません。 毎日更新するノルマも持っていません。

好きな時に好きな事を書く。

これが会社名や肩書を公表していると、だんだんそうはいかなくなってきたんですね。

特に書きたい内容でもないのに、ネタを捜して無理して書いてしまうんですね。

これが苦痛になったので一時休止(とはいえ1年半は長いか・・)にしました。


そして新たな経験をして、書きたい内容が出てきました。

思いきってタイトルも変えました。もちろんプロフィールに会社名もありません。

完全に個人のBLOGです。

そんなことでこれからもよろしくお願いいたします。

それでは、、また。


*仕事でSNSを駆使されている企業さんや携わられている方を否定してる
 わけではありません。本当にご苦労されていると尊敬すらしております。
 誤解なきよう。。