Derrida - 未来と奇怪さ | Text or Nothing

Derrida - 未来と奇怪さ

JACQUES DERRIDA
L'avenir ne peut s'anticiper que sous la forme du danger absolu. Il est ce qui rompt absolument avec la normalité constituée et ne peut donc s'annoncer, se présenter, que sous l'espèce de la monstruosité. (De la Grammatologie)


「未来が先取りされるとき、それはただ絶対的な危険の形をとって現れる。それは取り決めどおりの正常らしさと絶交するものである。だから奇怪さをもつ種のもとにしか、未来は告げられず、現れない。

人は現在を捉えることができず、現在生きているように思われる感覚さえも、毎瞬の過去になってからそれと把握されるのだから、正常な状態、普通らしさといったとりきめどおりのものごとは、すべて過去のもの。
上記箇所でデリダは未来を危険 danger や 奇怪さ monstruosité と結びつける。まだ見ぬもの、形のないものは、形が定まっていない以上、経験としては先取りされず、ただグロテスクな形をとって押し寄せるだけ。

未来というと聞こえはよいが、たしかに混沌であるし、しかるべき形をとる保証がまったくない。未来に対する希望はただ、その未来という名の箱から未分化のおどろおどろしいなにものかが、過去という名の箱へ整然と運ばれて行くそのの瞬間へのあこがれに起因するのだろう。まあ未来への希望は大切だが、未来を恐れておく準備も必要だろう。いったいこの国はどうなるのだろう? そしてそれより、私というなのこの自分、どうなるのだろう? 危険しか見えてこないのは、デリダによればそれはもっともらしい未来の先取りの形ということになる。。。