2025年JAF全日本ジムカーナ選手権第6戦

(滋賀県米原市 奥伊吹モーターパーク)

 

『旅の途中』その2

 

 


 

 

6 高家吉良家の菩提寺華蔵寺(けぞうじ)(愛知県西尾市)

 

足利将軍家一門吉良家の菩提寺。

忠臣蔵で有名な吉良上野介義央(よしひさ)の墓があります。

墓所には吉良上野介義央の高祖父義安以下、

元禄赤穂事件最大の被害者で最後の当主義周(よしちか)までの墓が整然と並んでいます。

忠臣蔵では悪名高い吉良上野介義央公ですが、

地元では治水事業や新田開発など名君として慕われています。

赤馬に乗って領内を見ながら領民の話に耳を傾けていたという逸話すら残されています。

そのため、悪役としての吉良上野介も領地があった愛知県西尾市吉良町では

現在でも人気が高いようです。

 

 

 

 

 

 

「往く春や 憎まれ続けて 三百年」鬼城

 

 

 

 

経蔵

 

 

 

 

 

 

7 西尾城(愛知県西尾市)

 

鎌倉時代に「足利義氏」(あしかがよしうじ)によって築かれた

「西条城」(さいじょうじょう)をルーツとする城。

戦国時代を経て、江戸時代には西尾藩の藩庁として機能し、

江戸幕府の譜代大名が代々城主を務めました。

明治維新を機に建物は解体。

その後、復元・整備が施され、現在は西尾市歴史公園として一般公開されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

鍮石門(ちゅうじゃくもん)

 

二の丸丑寅櫓(うしとらやぐら)

 

 

 

8 道の駅で足湯

 

吉良の街を昼過ぎに出発、名古屋を抜けて養老街道に入り、

途中道の駅「月見の里 南濃」で足湯に浸かり、小一時間まったりと過ごしましました。

 

 

 

 

日暮には関ヶ原の先、道の駅「伊吹の里」に到着。

ここまで来れば、翌朝「奥伊吹モーターパーク」までは20㎞30分

 

 

登山家やアウトドアズマン御用達のマルタイラーメン

 

 

 

9 長浜市立長浜病院院長 高折恭一さん

 

奥伊吹から真っ直ぐ帰らず、長浜の高折さんを10年ぶりに訪ね旧交を温めました。

1990~91年北米ラリーシリーズ、1992年WRCラリーオーストラリア参加経験あり。

当時はVR4、今でも愛車はエボ7 。

高折さんは長浜病院の院長先生。お忙しい中お時間頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

病院の事務室は6時を過ぎると消灯。

 

 

 

 

 

 

10 長浜城(滋賀県長浜市)

 

戦国時代、羽柴(豊臣)秀吉が初めて一国一城の主となって築城した城で、

江戸時代に廃城となりました。

現在の長浜城は昭和58年(1983)に再興されたもので、内部は歴史博物館になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11 長浜慶雲館芭蕉句碑

 

長浜の豪商・浅見又蔵が私財を投じて、明治天皇の御休憩所として建てた迎賓館。

「慶雲館」の名は初代総理大臣の伊藤博文が名づけたと伝わっています。

 

 

 

 

庭には高さ4.64mの巨大な芭蕉句碑

「蓬莱に きかはや伊勢の 初たより はせを」

句意:蓬莱飾りを前に、気分も新たな元旦、伊勢からの清浄で神聖な初便りを聞きたいものだ。 

 

 

角聖と尊称される明治の大横綱常陸山。

常陸国(茨城県)の出身ですが、浅見又蔵氏が谷町として贔屓にしていました。

常陸山はライバルの横綱梅ヶ谷とともに何度も慶雲館に訪れ、その写真も残っています。

 

 

12 佐和山城跡(滋賀県彦根市)

 

関ヶ原の合戦(1600年)で、西軍を率いた石田三成の居城。標高233m、比高148m。

佐和山城は石田三成の居城として知られており、

「治部少に過ぎたるもの二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われたほどの名城です。

「関ケ原の戦い」後には徳川四天王のひとりである井伊直政が入城しましたが、

あらたに彦根城を築いたため廃城となりました。

佐和山城の建造物は彦根城へ移築されたもののほかは徹底的に破壊されたため、

城址にはほとんど何も残っていませんが石垣や土塁など一部だけ現存しています。

山頂からは琵琶湖が一望でき、彦根城も見ることができます。

 

 

 

 

山頂の本丸までは、三成の菩提寺で境内に三成の銅像がある龍潭寺からのぼることができます。

 

 

 

 

 

 

13 藤田屋大あんまき(愛知県知立市)

 

名古屋→豊橋は国道23号線バイパスが今年3月に全面開通したので、

国道1号線より1時間も短縮されるのですが、

知立藤田屋の「大あんまき」を買いたい為、敢えて国道1号線を選びました。

体力を消耗した時は甘いものが欲しくなります。

彦根から横浜の自宅まで420㎞。どこにも寄り道せずに下道で、

2時間ごとの休憩を取りながらほぼ12時間で無事帰宅しました。

 

 

帰りは走る前に一服

 

 

 

 

 

 

<終り>