2025年JAF全日本ダートトライアル選手権第4戦

「北海道ダートスペシャル in スナガワ」

 

『旅の途中』

5月21日(水)早朝、横浜の自宅を出発しました。

今回は飛行機で羽田空港から新千歳空港へ。

レンタカーで積丹・小樽・札幌を観光しながら友人を訪ねスナガワへ。

大会終了後は雨の中どこにも寄らず新千歳空港に戻り、翌日26日(月)夕刻帰宅しました。

都合5泊6日、中身の濃い旅になりました。

 

行きのルート

 

帰りのルート

 

荷物は全部で30kg。うちカメラ機材12kg。赤いのは寝袋

キャリーバグの上の黒いのはヘルメット。

主催者がコース内撮影の際飛び石対策として規則化しました。

 

自動チェックイン機 不慣れです。

 

 

 

 

機外カメラによるリアルタイム映像 羽田空港離陸時

 

新千歳空港着陸時

 

 

事前の日曜日の天気予報。悔しいくらいに外れました。

 

 

 

 

パート1 友人編

 

今回は行きの途中親しい友人を訪ねました。

お忙しい中お相手頂きありがとうございました。

 

 

◎ 共和町のCMSC道北・尼子祥一さん

 

尼子さんはCMSC道北の事務局役で現役ラリーコドライバー。 2年ぶりの再会。

昨年は北海道ラリー選手権に岩下英一選手のコドラとして参加しましたが、

今年は未だお呼びがかからず未定です。

ご夫婦でわざわざ港の岩内町まで来てもらって寿司屋で一献。

 

 

 

 

 

八角のから揚げ

 

サバの巻きずし

 

締めの寿司

 

尼子夫妻もお酒が入って車中泊。

翌日は仕事があるので早朝ご自宅に帰還されました。

 

 

 

 

◎札幌市の須藤憲光さん 

 

 1990年代全日本ラリー以来の付き合い。2022年以来2年ぶり。

WRCラリージャパン APRCラリー北海道の開催の苦労話が聞けました。

また当時当方の取材に際しても大変お世話になりました。

 

一次会は焼き鳥屋。

 

 

 

二次会はスナック。

 

 

須藤さんの友達の中澤さん(左)と初合わせ。来年再会を約束。

 

 

須藤さんは昨年引越しして倉庫が狭くなり、家の内外に置き場所が分散していました。

 

 

 

 

夜は須藤さん所有の自家用小型バスで車中泊。

エアコンも効いて(暖房)快適でした。

須藤さんはこのバスで道内観光しています。

 

 

 

 

 

◎札幌市の山口誠治さん 

 

1982年夏熊本の阿蘇で出会って以来の付き合い。2年ぶりの再会。

30年ほど前仕事の都合で札幌に移住。現在は北海道企業のPR映像を作成しています。

熊本ではジープに乗っていたアウトドア派。

 

 

 

 

 

 

山口さんは1982年、カントリーミュージックの日本の大御所、

熊本のチャーリー永谷さんを紹介してくれた人。

昨年4月に熊本のチャーリーさんの店に押しかけたことを報告しました。

 

 

 

チャーリーさんはカントリーミュージックを通じた日米文化交流への貢献を認められ、

ケンタッキー州ナッシュビルをはじめ全米33州の名誉市民称号を授与されています。

6月8日(日)14時から東京田町でチャーリーさんの講演会&演奏会が催されますが、

残念ながらその時は先約があるので行かれません。

「好きなことを一筋。誠実に生きること。」チャーリーさんの人生の生き方に共鳴しています。

 

◎札幌市の大学自転車部の2年後輩(故人)宅

 

昨年2月に死去。お線香をあげにご自宅に伺いました。

毎年スナガワに行く度に杯を重ねてきましたが、3年前が最後でした。    

     

  

                                                                                                                                                                                                                                                                             

◎小樽市銭函の高木邦夫さん 

2年ぶりの再会。

高木さんはキャメルトロフィー日本代表1期生。1985年ボルネオ大会で2位。

今も陸(4駆)、海(プレジャーボート)、空(モーターグライダー)と

幅広いアウトドア活動をしています。

 

 

 

ネタは函館から直送の高級回転司「函太郎」

 

 


 

ご厚意に甘えて一晩厄介になり、翌朝スナガワに向かいました。