2024年JAF全日本ジムカーナ選手権第1戦第2戦
「もてぎスーパースラローム2024 」
『旅の途中』
3月14日(木)夜横浜の自宅を出発、途中観光しながら友人と旧交を温め、
もてぎには16日(土)朝入りました。
東京を道路のすいている夜間に横切り、一路印旛沼へ。ここで車中泊。
1 佐倉ふるさと広場
印旛沼湖畔にある公園で、オランダの植物を通年で楽しめるオランダ庭園。
1994年に日蘭親善のシンボルとして建設された、本格的オランダ風車「リーフデ(友愛)」がある。
この風車は日本初の水くみ用風車としても有名。
まずは腹ごしらえ。
2 佐倉城(日本百名城 千葉県佐倉市)
1538年(天文7年)頃に千葉氏一族の「鹿島幹胤」(かしまもとたね)が築城を開始した平山城。
未完成のままだったものを、土井利勝が家康の命で築城をはじめ完成させた名城。
1873年(明治6年)の廃城令を受けて解体された。
佐倉城復元模型
オオカンザクラが一足早く咲き出していた。
城址公園内には、当時の地形のまま空堀や土塀が残っている。
幕末の佐倉藩主・堀田正睦はアメリカの外交官「タウンゼント・ハリス」と交渉して
「日米修好通商条約」を結んだ。
正岡子規の句碑があった。
3 本佐倉城(もとさくらじょう 続日本百名城 千葉県佐倉市)
15世紀後半以降千葉氏が本拠地とした城。
南方が谷になっている半島状の丘陵地に建ち、残る三方が湿地帯に囲まれた天然の要害。
堀や土塁を配して郭を作った「土の城」。
千葉氏は、北条氏と姻戚関係を強固に結んで戦国時代を生きたが、
豊臣秀吉による小田原攻め において、千葉氏は北条氏に味方し破れ滅亡し、
これにより本佐倉城も落城した。
元和元年(1615年)、藩庁の佐倉城への移転と一国一城制により廃城となった。
現在でも城の土塁や空堀などの遺構がほぼ完全な姿で遺存している。
倉
城山
城山
主殿
土塁
4 CMSC千葉代表・友野智さん
友野さんは千葉三菱自動車販売・成田店に勤務。
2013年のCMSC全国大会で会って以来。
これからもCMSC千葉の活動・運営をお願いした。
5 鹿島神宮(茨城県鹿嶋市)
常陸国(現在の茨城県)一宮。全国に約600ある鹿島神社の総本社。
源頼朝、徳川将軍家など名だたる武将も祈願に訪れ、武の神様として仰がれるようになった。
毎年Jリーグの鹿島アントラーズが必勝祈願に来ることでも有名な神社で、
近年ではパワースポットとしても注目されている。
楼門(修理中)
拝殿
東神門
奥宮に続く参道
奥宮
要石(かなめいし)
地中深くまで埋まっていて、
地震を起こす鯰(なまず)の頭を抑えていると古くから伝えられている。
要石の近くには、鯰の頭を武甕槌大神が押さえている「大鯰の碑」がある。
松尾芭蕉の句碑が2つもあった。
実は芭蕉は貞亨4年(1687年)8月、鹿島神宮に参拝して
紀行文「鹿島紀行」を残している。
6 エボ10 17年目で10万km達成
自宅を出たとき。
鹿島神宮を出て直ぐ10万キロ到達。
7 CMSC茨城代表・額賀誠史さん
せっかく通り道だったのでお声がけしたが時間が合わず、再会は次回に持ち越し。
8 水戸でCMSCクラブ員の中田由彦さん秋山隆さん。
中田さんは水戸在住のCMSC本部クラブ員。
秋山さんは栃木県真岡在住で水戸出張中のCMSC福島クラブ員。
篠塚建次郎氏に献杯とモータースポーツの情報交換をした。
この後もてぎ近くまで移動するためノンアルコール。2人もノンアルを付き合ってくれた。