クライアントが国内系企業の場合、1ブランドに対しては1つの総合広告代理店が川上から川下まで担当するのがほとんどである。しかし、クライアントが外資系の場合、ブランディング、広告制作、メディアプランニング(バイイング)、イベントなどが各専門の広告代理店に分化され複数の代理店がチームを組んでブランドの広告を考えることもある。

また日本で活動する外資系企業は、世界的規模で活動する日本の広告代理店が皆無であることから、担当する広告代理店もグローバルで契約した外資系広告代理店が多く、外資対外資の場合では契約形態はコミッション制ではなく、フィー制度のとなるのがほとんどである。

外資系広告代理店は役割に応じて、以下のように区別される。

  • ブランドエージェンシー(ブランディング)、
  • クリエイティブエージェンシー(広告クリエイティブ)、
  • メディアエージェンシー(メディアプランニング、バイイング)、
  • BTLエージェンシー(イベント、WEB、SPなど)。

(なお、ブランドエージェンシーがクリエイティブエージェンシーを兼務する場合がほとんどである)


日本の外資系広告代理店

  • I&S BBDO アイアンドエス ビービーディーオー
  • マッキャンエリクソン

などがある。


4代目社長吉田秀雄により1951年につくられた、電通社員の行動規範。来日したGE社長に英文版を贈ったとも言われる。

1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



概要

1901年、光永星郎によって設立された「日本広告」を前身とする。1907年、やはり光永によって設立されたニュース通信社「日本電報通信社」と合併。1936年、国策によりニュース通信部門を同盟通信社に譲渡し、広告代理店専業となる。1947年に吉田秀雄が第4代社長に就任し、広告取引システムの近代化に努めた。軍隊的な社則「鬼十則」を作るなど、電通発展の礎を築いた。1984年のロサンゼルスオリンピックよりスポーツイベントに本格参入。以降、スポーツイベントでの業務拡大が続く。2001年11月30日に株式を上場した。

広告代理店として単体では世界で最大(グループとしては5位)の売り上げ規模であり、連結売上高は2兆円を超える(2007年3月期決算による)。国内2位の博報堂の売上高の約2倍、3位のADKの売上高の約4倍と、名実ともに日本最大の広告代理店であり、「広告界のガリバー」の異名を持つ。その圧倒的なシェアゆえ、市場の寡占化が問題視され、2005年に公正取引委員会による広告業界についての調査がなされた。

しかし、海外展開は欧米の大手広告グループと比べると非常に弱く、海外での認知度も低い。その為に、近年は欧米の広告グループとの提携に力を入れており、2000年には、アメリカ合衆国の「レオ・バーネット」などと共に、広告会社グループ「bcom3」を結成。2002年以降は、レオ・バーネットを買収したフランスに本拠を置く世界有数の規模を持つ広告代理店「パブリシス」グループと資本提携関係にある。

1987年に制定された「CED」の5番目の社章は「Communications Excellence DENTSU -卓越したコミュニケーション活動を」を表しており、2002年12月まで使用された。現在使用されている「dentsu」の社章は2002年12月の汐留移転を機に制定された6代目である。