レナードの朝 | cmp.works

レナードの朝
(原題:Awakenings)
 
 ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」に似てるなというのが第一印象。
これが実話をもとにして作られているという部分が、圧倒的に違って、決定的に辛い。

主人公は、レナード。
嗜眠性脳炎によって身体も精神も自由を奪われ、30年間も母親に世話をされ、生きていた。
人見知りで研究畑出身のセイヤー医師による実験的な投薬で、劇的に回復するのだが……。
そして、少年のまま時を止めたレナードが、初めて抱く淡い恋の相手・ポーラとの出会いがレナードの心を変えて行く。

どうしてこの作品をいままで見ていなかったのか、もしくは、見たつもりになっていたのか。
ロバート・デ・ニーロとロビン・ウィリアムズ。大好きな俳優なのに。
(ロビン・ウィリアムズが大好きで、個人的に彼の作品に外れなしと思っているんだけれど。
特にお気に入りは『ガープの世界』)

ストーリーの展開もさることながら、とても印象的なシーンが幾つもあった。
病魔に意識を押さえ込まれていることを描写する檻の中で豹が囚われている場面や、やっと取り戻した自我が急激に自由を求めはじめる患者側と、いまの不安定さを懸念する病院体制側に別れて対立することになってしまったふたりの関係を、レナードと揉み合って壊れたセイヤー医師の眼鏡を、副作用からチックになってしまったレナードが震える手で直そうとする場面。そして、ポーラとのダンスシーン。

一番に投薬をしたレナードは、誰よりも早く副作用と耐性で、元の状態にもどっていってしまう。
その過程を戦うレナードとセイヤーの友情と、友情から来る苦悩。酷くなる症状に苦しみ、ポーラと別れを告げるレナード……。周囲の患者の失われた時間と、その患者を支える家族やスタッフの温かさ、そしてその懊悩。
当時の投薬量や、医療行為については色々な問題点もあるようだが、これはあくまでもフィクションと私は捉える。事実、あの一夏、あのいっときだけの奇跡を味わった人々の気持ちを、私たちには理解することは出来ないからだ。そして、なによりも、あの奇跡の意義は、それを味わった患者にしか判断できないだろう。
私たちに出来ることは、ただ、この不幸な病魔に教われた人々の、ひととき訪れた短すぎる幸福を通して、生きるという意味を考え直すことくらいだろう。

「アルジャーノンに花束を」を読んだとき感じたのは、奪われる非情さよりも与えるということの残酷さだった。だがこの作品において私が強く感じたのは、もし独善的な意見が許されるのなら、彼らが閉じた自我を一時でも解放し、一個の人間であるということを示せたことは意義があったように私は思う。


監督ペニー・マーシャル
出演者ロバート・デ・ニーロ
    ロビン・ウィリアムズ