欲が無い、と言う状態は生きている心地を奪う。
 ほんの一瞬の抱擁しか出来ずに、彼はまた出掛けていった。
 この街に来て、1人だけで食べる食事はもう数えきれないほどあるが、未だに慣れることは無かった。その度に空腹感があるにも関わらず、食欲は湧いてこなかった。今日も変わらずにそうだった。
 冷蔵庫の中身と睨めっこをしながら、自分の余力も計算した。普段は何気なくしている作業でも自分の為となると急に億劫になるものだ。
 キャベツと昼食の残りのハムを刻み、小麦粉など残りの材料を混ぜてフライパンに流し込んだ。材料さえ揃っていればお好み焼きが一番楽な料理だと私は思っている。
 弱火でじっくりと加熱している間、私はキッチンとPCの前を行ったり来たりしていた。何をする訳でもなく、ただそわそわと。まるで動いていないと時間が止まってしまいそうな気がしていた。
 出来上がったお好み焼きを頬張りながら、本を読んだ。本の内容はあまり頭に入って来ず、お好み焼きの味はあまり感じられなかった。
 時計にチラリと目をやると5時間ズレたまま、変わらずに動き続けていた。ゆっくり、ゆっくりと時間だけが過ぎていく。彼の帰りは何時になるのだろう。そんなことを考えながら再び本に目を落とした。

 指先から零れていく言葉を書き留めては消し、また書き。どのくらいの時間その作業を続けているのだろう。
 私の頭の中はスカスカで、だけどグチャグチャで、探しものをするのに酷く時間がかかる。
 そんな頭の中を少しずつほぐしていくように、ノラ・ジョーンズの歌声が私の頭に響きわたっていく。

――「これでダメだったら諦める覚悟でやってみなよ」
 昨夜からずっと彼の言葉が頭の中でループしていた。
 彼はいつだって、私を支えていてくれる。まるで初めて自転車に乗る時に後ろで車輪を支えてくれているように。だけど私は彼がいつか手を離してしまうことが怖くて彼の手を掴んでしまう。そんなことをしていると、バランスが取れずに一向に自転車は前には進めないのに。
 まず今の私がしなければいけないのは、彼を信じてペダルを踏むこと。彼の言葉を信じて前に進むこと。いずれ1人で自転車に乗れるようになったら、きっと彼は隣で一緒に自転車に乗ってくれる。そうして2人で一緒に進んでいけば良いのだ。
 深く息を吐き、私はペダルに足をかけた。



 そんな私の第一歩がこの場所。