文章が一段落し、伸びをしながら空を見上げるとうっすらとピンク色をした雲が広がっていた。そしていつの間にか日が暮れ始めていたのだと気付く。時計は予定していた時刻より三十分も過ぎていた。
 ほんの少しカップに残っていたコーヒーは冷え切っていた。
 もう一度ゆっくりと伸びをしつつ、そろそろ夕食の準備を始めなければと思った。そうしている間にもじわじわと空の暗さはまして行くのだった。
 そしてベランダを片付け、私は主婦の様な仮面を被る。

 そうやって今日もまた、いつもと変わらずに夜が訪れる。


 ベランダに小さなピクニックシートを敷き、クッションを置いた。それからMBAとコーヒーの入ったマグカップとケータイ。
 イヤフォンからはノラ・ジョーンズの曲が延々と流れ続けていて、遠くの方では車の音や鳥の鳴き声、下校途中の小学生の話し声が聞こえていた。
 私の小さな城はとても窮屈で身動きが取りにくかったが、居心地は良かった。
 昨日はちっとも使い物にならなかった頭も驚くほど回転し、隠れていた文字達は一気に姿を見せ始めた。
――このまま進めばきちんと終えることが出来る
 確信に近い考えが私の頭の中を過ぎった。
 そして私はゆっくりコーヒーを口に運んだ。そうしている間でも文字達は逃げようとはせずに傍にいてくれた。

 陶芸家が作品を床に叩きつけて壊すように、絵描きがキャンバスをナイフで引き裂くように、私も衝動的に文字達をぶち撒けられたらどんなに良いだろうと思った。
 そもそも、と言う言葉が頭の中をグルグルとし続けている。

 今まで積み上げてきた言葉が白紙になるより怖いのは、言葉が書けなくなること。