前回、人生どん底真っ只中を記したことで開き直れ、改めて、これまでの自分の人生振り返ってみたいと思います。合掌。
幼少編。
とある田舎町の高校教師をしていた両親の長男として誕生。
父親も長男であり、二世帯家族の初子ということで、大変甘やかされて育ったことを今でも実感しております。
子どもの頃は近所にたくさんの同世代の友だちがいたのですが、男の子が憧れる戦隊もの、ヒーローものに全く興味がなく、友だちの家でおもちゃで遊ぶことが退屈で、窮屈だったことを今でも鮮明に覚えています。
母親が近所の子どもたちと遊べるようにと、おもちゃを買って来てくれたのですが、そのおもちゃ自体何なのかわからず、遊びに行ってもとてもつまらない時間を過ごしていました。
そんな理由からか、男の子と遊ぶより、女の子たちとままごとをしていた方が、性格的に自分に合っていたのでしょうか。
いつしか女の子たちとばかり遊ぶようになっていました。
そして、人生最初の衝撃。祖父との別れ。
幼稚園の時に祖父が亡くなりました。
両親が仕事で家にいませんでしたので、両親の代わりに近所の散歩によく連れて行ってくれました。
幼稚園で訃報を聞き、動揺のあまり、大声でふざけ、先生に怒られたことを鮮明に記憶しています。
お葬式、火葬場での記憶も鮮明に残ってます。
人が死ぬことをこの時学びました。
小学校入学。
小学校に入ると人見知り、臆病者の性格故、誰とも仲良くなれず、そして、なぜか幼稚園時代一緒に遊んでいた女の子たちとも話をするのも恥ずかしくなり、少しずつ疎遠になっていきました。
このままではいけないと幼心に思ったのでしょうか。勇気を出して小学校で初めて人に話しかけた言葉は、
「○○くん、トイレ出る時、手洗った?」
でした。
言った後にどうでもいいことを発した自分に恥ずかしくなり、返事を聞くまでもなく、その場を立ち去った記憶があります。
小学校2年生になると、サッカー少年団の募集がありました。
両親に無理矢理、入団テストに行かされたのをきっかけに気づけばサッカー少年になっていました。
始めた頃は2軍でしたが、どんどんサッカーが好きになり、毎朝のジョギング、休みの日も筋トレ、練習と凝り性故にメキメキ上達し、1軍のゴールキーパーとして活躍が出来ました。
サッカーが転機となり、性格が一気に明るくなりました。友だちも多く、充実した小学校時代でした。
当時、まだJリーグ発足前、海外に行かなければプロになれないそんな時代に、将来の夢はもちろん「プロサッカー選手」でした。
次回、中学校時代へと続きます。
ニーチェ。
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