おそらく私の母は、北海道に行ったことはありません。

 

群馬に住んでいる母が、どうして北海道の言葉を使うのか、

ずっと不思議に思っていました。

 

小さい頃、よく手作りの服を作って、

それを私に着せて「めんこい」と言ってくれたのを覚えています。

 

母は、20代の頃に、東京・上野にあった

元内閣、松浦周太朗さん宅に住み込みで働いていました。

早朝から家の前で待っている新聞記者の人達を応接間に通して、

お茶を出して、松浦さんが部屋に来るまで、

記者の人達の話し相手をするのが、母の仕事でした。

 

松浦周太朗さんが、素晴らしい方だったのは言うまでもなく、

奥様の松浦カツさんもまた、とても素敵な方だったと話してくれたことがありました。

そして、お二人は北海道出身です。

 

松浦議員の毎日のスケジュールは不規則で、

明け方まで帰宅しないこともよくあったそうです。

カツさんは、ご主人がどんなに遅く帰ってきても、

きちんと着物を着て、お化粧をして、待っていたそうです。

 

「かわいい」とは言わずに、あえて「めんこい」と言ったのは、

カツさんのお手本を忘れないため、もしくは、

戦後樺太からの引き上げ孤児を自宅に引き取っていたカツさんが、

子どもたちに「めんこい」と言っていたのを聞いていたからかもしれません。

 

短い間でも、母にとって、唯一お手本となる女性だった松浦カツさんが、

母に多大な影響を与えてくださったのだと想像できます。

 

母が他界してから今年で10年。
彼女なりに私たち姉弟のためにベストを尽くしてくれた母へ、

心からの感謝を込めて。そして、父のことはまた別の機会に。