ステージ4のガンで、あと1〜2年は普通に生活できて、治療しながらで、残りはあと3〜4年ぐらいなんて言われたのが7月末。
それから1ヶ月で、義母が亡くなりました。信じられません。68歳。元気の塊みたいなおばあちゃんで、私の子供だけじゃなくて、クリスマスとか感謝祭は、親戚の子供20人とか集めて、ゲームとか色々考えてくれて。おばあちゃんが仕切って、いっつも、いろんなゲームして子供たちは、おばあちゃんにゲームで勝ってお金ももらって(買ったらお金もらえるから)。 他の親戚のおばちゃんたちは座ってるのに、私の義母だけ、ガンガン子供達と遊んでくれてる、そんなおばあちゃんでした。
でも、今振り返ってみると、やっぱ、今年は、なんか疲れてる感じがしてました。だから、保育園も来年締めるようって。週末にやってたリサイクルショップも閉めるってことで決まっていました。 でも、疲てるのが、「保育園やってるから」って結論に達して、体調不良をあんまり考えてなかったのかなと思います。
おばあちゃんは、結構チャキチャキで、他の人のいうことは聞かず、ガンガン全部決めていって、いいことはいい、悪いことは悪いってはっきりしてるから。私たちは何も考えず、おばあちゃんに言われたことをやる、そんな感じでした。今年の初めとか、疲てるから病院に行けって、義父も言ってたようでしたが、忙しくて行かなかったみたいだし。 親戚のみんなには「あの、おばあちゃんが言うこと聞くのは、私の旦那の話だけ」っていうくらい、ほんとに頑固でした、長男である私の旦那のことは信頼してたようで、困ったらいつも旦那に電話が来てました。私ですら、疲てるって言ってた時に、病院に行けばって言えばよかったって思ってるのだから、病院に行けって強く言えばよかったと、旦那や義父がどんだけ後悔があるのだろうと思うと、心が痛みます。
5月末には、忙しいのに、そしてガンでかなり辛かっただろうに、我が家に1泊で急に来て、子供と遊んで長女のバレーボール見て帰って行ったのが、我が家に来た最後でした。
これから保育園辞めたら、長女と旦那とニューヨークとかワシントンDCに行って、歴史が大好きなおばあちゃんと、旅行したらいいねなんて言ってたのでした。長女は、我が旦那の家系はフィラデルフィアという街に繋がってるっておばあちゃんに聞いてて、そこに一緒に行きたいって言ってたりしてたわけです。
一緒にパッチワークをしながら、毛布みたいなのを、おばあちゃんと作っていた長女。生地を一緒に選んで、ミシンで行くたびにちょっとずつ作っていました。結局完成することなく終わってしまいました。長女は、今は、見たくないというので、いつか、落ち着いたら一緒に終わらせてあげたいなと思っています。おばあちゃんは、嫁の私がだらしないので(笑)、長女に家系図を見せて、色々説明したり、料理もいっぱい一緒に作ってたし。なんとなく、一番、おばあちゃんに愛されていたのが、長女だったような気がします。
色々終わり、昨日帰ってきましたが。後ろを向いていてもしょうがないので、私が頑張らないとと、もっとちゃんとした親になるように頑張ろうと、思うわけでした。それにしても、人が亡くなるのは本当に悲しいものです。今を大事にしないとですね。
