公家文化への憧れをもち、薄化粧やお歯黒をしていたことから「お歯黒大名」とも呼ばれたのは、次のうちの誰?

今川義元です。

駿河国の大名・今川義元は、武士でありながら公家の習慣を取り入れ、公家のような眉に薄化粧、お歯黒などをしていたと伝えられています。桶狭間での敗戦により、公家趣味に走った軟弱な武将、というイメージで語られることもある義元ですが、一方で「東海一の弓取り」とも呼ばれるほどの優れた武士だった、という面もあります。