室町幕府15代将軍足利義昭は織田信長に副将軍の地位を推挙、信長はどうした?

辞退しました。

信長をはじめとして、戦国大名はこの頃、足利将軍位には旧勢力に対する権威のほかには実質的な魅力を感じていませんでしたから、あえてその下に入ることもしなかったんでしょうね。


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逆に義昭は信長が自分を軽んじていることをひしひしと感じたのでしょう、やがて信長と対立するようになります。

自分を将軍職まで押し上げた信長に対し、武田信玄や朝倉義景らと共謀して、一向宗徒までをも動かして信長包囲網を築き上げ、織田軍をいったんは包囲してしまいます。

しかし朝倉義景の拙攻により信長軍は息を吹き返し、情勢が逆転した後は信長によって京都から追われ備後国に下向しました。

これにより、室町幕府は滅亡したとみなされるのですが、信長亡き後、秀吉は義昭を将軍として丁重に遇し、自分が関白太政大臣となった後もかつての将軍である人物であるとして一万石を与えて遇し続けました。


徳川家にしても、足利家にしても、最後の将軍は数奇な運命をたどりつつ、意外に強い人が多かったように思います。

だからこそ自らが長い時代に終焉を打ち、新しい時代を拓くことができたのかもしれません。