麻生首相の言っていた医師は常識がない発言。


これは誰もが感じていることではないか、


今更訂正や医師会が反発しなくてもいいと思う。


私も常識はない人間の一人だ。


しかし、なぜ常識がないかのか?


それは大学受験に問題がある。


当時私も医学部を考えた時期があるが並大抵の


努力では無理だ。


ある医学部でこんな話を聞いた。


受験生は2000人 一次合格300人


           二次合格100人


この中でテストは5教科500点満点


この中で500点満点の人が何人いると思いますか?


300人を超えるそうです。


どうりでテストが難しいわけだ。


この内容のテストを解くためにはある意味違う勉強方法


が必要になってくる。


それはオタクだ。


ある意味問題を解答することに喜びを求め


問題の中身は関係ない。


例えばパソコンのようなものかもしれない。


パソコンに詳しい人達はその中身が全て暗号化


されている数式を解読することに情熱が向けられる。


これを受験に適用したようなものだ。


この様な暗号化の勉強ばかり毎日やっていないと


医者になれない。


そこで常識を学ぶ時間は無くなる。


私も医学用語の漢字は大抵書けるが、小学生の漢字は


書けない時もあるし、書き順の違いで息子に


「パパ書き順違う」と指摘されるときもある。


息子にしてみればパパは漢字の常識が僕より


もないと映るであろう。


常識があっても世の中の役に立つかどうかは


別問題ということだ。常識、非常識とは難しい問題である。