万が一でも、城戸のせいで咲が不幸になることは嫌、このまま咲と別れるのも嫌。
 どうすればいいのか。
 咲に本当のことを言おうかと、何度思ったかしれない。
 が、城戸は第三者だからまだ話を聴けた、肉親の咲には、咲の父が言うように、酷なことであろう。
 施設でお話し相手をする老人たちも言っている。
「身の丈にあった暮らしが一番、望みすぎてはいけない」
 咲も、咲と同じような育ちの人間と一緒にいたほうが、いいのかもしれない。
(僕が心で咲ちゃんを想う分には誰にも邪魔されないだろう)
 高校生なのにこんな結論をださねばならない自身を哀れに思い、泣き崩れる城戸。


 救いは、目標があることだった。
 医者になることは、施設育ちだろうと親がどうだろうと関係ない。
「私、アメリカに行くことになったの・・・でも、手紙も書くし、施設に電話してもいい?」
 何も知らない咲は自分から離れていくと思っている。
「ああ・・・」
 たぶんこれきりもう会うことはないだろう。
 ちゃんと別れの言葉を言ったほうがいいのかもしれないと思いながら、恋人同士の会話を続けてしまう。
(別れたくないんだもんな・・・)
「父はずっと向こうに・・・って言ってたけど、私は大学はやはりこっちでって考えてるの。城戸君と同じところは無理になりそうだけど、帰国子女対応の大学狙って・・・手紙ででも勉強教えてね」
 あいまいに返事をするしかない城戸。
 深い付き合いをしなければ、付き合ってもいいのか。
(無理だ、そんなの)
 最後に、思い切り咲を抱きたい。だが、終わったあとを想像したら辛いだけ。
(でも、もう二度と抱けない)
 精神の葛藤、肉体の葛藤、葛藤まみれの城戸は、もう耐えられなくなり
「咲ちゃん、僕、今夜は施設行事の手伝いがあるから帰らなきゃ、元気で、幸せでいてね」
 咲の手を強く握った。
「なによー、幸せでいてね・・って、大げさ。城戸君も勉強頑張ってね。医大生の城戸君に会えるのを楽しみにしてるし、それまでだって連絡取り合えばいいんだし、そういう付き合いも楽しみましょ」
 咲とはそれきり会っていない。
 手紙が来たらどう対処すればいいのか、読まずにおこうか、でも、そんなこともできまい・・・考える必要はなかった。


「咲ちゃんからは手紙は来なかったから・・・来ないのかというのと、来なくてよかったというのと、ないまぜだった。けど、なぜ何の連絡も来ないのかとは思ったりした・・・考えられるのは、咲ちゃんのお父さん、有坂さんが何らかの形で僕との付き合いをやめるようにと、で、咲ちゃんも従ったのだろうと・・・。まさか、美波くんの婚約者として咲ちゃんに再会するとは夢にも思わなかったよ。美波くんも施設出身なのに、よくOKだったな・・・と、すぐに合点がいった。美波くんの親は亡くなってるということが確定してたし、おまけに子供のときから美波社長の養子になったのだから、咲ちゃんがトラブルに巻き込まれることはないってわけだもんな・・・。養子のことも、咲ちゃんのことも、僕ではなく、美波くんだったってわけだ・・・ハハハ・・・」
 城戸は苦く笑った。
「何言ってる、養子の件だって、結局親父さんは、君と僕の両方をとればよかったって後悔したじゃないか、それに、君は自分で今の地位を築き上げた。僕はそんな君にコンプレックスしか抱けなかった、唯一払拭できるとしたら・・・咲ちゃんだった・・・なのに、その咲ちゃんは、君と再会した途端この有様だ。これじゃ僕はとんだピエロじゃないか」
 すかさず反論しつつ、やりきれなさそうな美波。
「・・・私・・・母のことは知っていたわ・・・」
 2人のターゲットである咲の言葉に、今度は城戸が目を見張る。   つづく