人は何もかも忘れていく。
この言葉を今ほど身にしみて感じたときはない。
このブログに書いたことも、今読み返すと「こんなこと書いたのか」と驚いてしまう。
一度通過しただけの情報は、本当に記憶として定着しないものなんだな。
改めて日記の偉大さを知った。
ついこの間まで「この職場に配属されてよかった」とやる気を出して仕事をしていたのに、
今週は「もう仕事やめたい」とまで思ってしまった。この志の変わりようは一体なんだったのか。
本配属になってから、人の信頼を得ようとすることだけにあせって、
自分の成長を考えるとかこうしたいという意見はまったくゼロの状態ですごした。
やがて仕事に対する好奇心がなくなっていって、パチンコ、麻雀に没頭した。
それでも「信頼」とか「信用」という言葉にしがみついて、表面だけまじめなふりをする
とても醜い生き方を続けた。そこに心の平穏はなかった。
仕事やめたいとまで思ったのは、あの人の叱責が引き金になったのだろう。
もちろんあれは自分のミスだ。あの人を責められるはずがない。
確かにあの人は自分の思い描いた人間ではなかったけれども。
自分が思った通りの他人などいない。それに気づかなかった自分が子供だっただけだ。
人は好奇心(知的かつ自己中心的な欲求)を失ったときに死ぬ。
その次に記憶力が死に、自分の成長を支えてきた考えを忘れる。
(記憶は失われていくものだが、好奇心が死んでいなければ
また復元し、それを繰り返すことで強固な記憶になる。
絶対的な記憶とは、さながら筋力のように反復を繰り返すものだ。)
記憶を失い続けると心の平穏を失う。
そして最期には人間の尊厳が死んでいくのだ。
認知症がもたらす患者への苦しみがどれほどのものか、身をもって味わった気がする。
おじいちゃんもこの苦しみと最期まで闘ったのだ。その中でも俺のことだけは忘れまいと、
必死に俺のことを覚え続けていてくれた。その事実だけはどんなことがあろうと忘れるな。
人がしてほしいこととかこうすれば信用してもらえるとか、
そんなこと考えたらダメなんだ。やりたいと思うことをやるんだ。
人に頼まれたことでも、自分の満足だけを考えて仕事をすればいいんだ。
「そんなこと考えたら信用されなくなる。叱責が怖い。」そういう状態のときはこれから先何百回も「仕事をやめたい」と思うことを繰り返していくはずだ。
「人のため」とかいう考えは本心としてはありえないことで、本当は「自分の欲求・成長のため」が根本になくてはならないんだ。でなかったら、お前は誰のために生きようとしているんだ。お前の人生はお前のものだろう。
表面的な性格はどうあれ、人は心まで冷えて暗くなったとき、
あらゆる間違いや時に犯罪をもすんなり行ってしまう生き物なんだ。
どんなに忘れたくないことでも、この先必ず忘れるだろう。だからせめて、習慣として以下の考えを身につけておきたい。
①ビジネスマンの不死身力:やる気を生み出すには「とにかく、やってみる」 - ITmed
②神田昌典「ザ・マインドマップ」第5部24章 p.230 -記憶が定着する効率的な復習時間-
(以下抜粋)
~記憶の自然なリズムについては、トニー・ブザン著「頭がよくなる本」の5章と11章で詳しく説明している。
ここではその要点を簡単にまとめてみよう。
1時間の学習について、学習後の経過時間別にみた理想的な復習時間は次のようになる。
■10分後 → 10分間の復習
■24時間後 → 2分から4分間の復習
■1週間後 → 2分間の復習
■1ヶ月後 → 2分間の復習
■半年後 → 2分間の復習
■1年後 → 2分間の復習
その後、学習した情報は長期記憶として定着する。
復習のときは、(中略)矛盾点を調整し、記憶の再生が弱いところを強化する。~