ブログっていうのは本当にすばらしいと思う。


ふと思いついたことを忘れないようにメモしたり、

過去の自分と対話することができる。


ブログを開設する理由で一番多いのは、「自己表現」らしい。

(自分の考えを広く公開して、他人に知って欲しいと思う気持ち)


自分はあくまで備忘録として使ったり、過去の自分と対話したいから

ブログを書いてる。人の意見を聞くことは大切だけど、この場所に

それを持ち込むと最初の目的がブレて自分を見失ってしまう気がする。

(人の意見に流されやすい自分は特に。もっと自分の考えを貫いて生きていきたい)



これからもこのスタンスは変えない。

考えを知って欲しかったり人の意見を聞きたくなったりしたときは、

知人との対話や匿名掲示板など別のツールを使う。

Vista

①Win⇒Esc⇒Tab(タスクバーにフォーカス)⇒Tab(タスクトレイにフォーカス)

②Win+D⇒Tab(クイックランチにフォーカス)⇒Tab(デスクトップアイコンにフォーカス)


[再確認]

右Altキーは薬指を真下に下げた位置

右Winキーは小指を真下に下げた位置

Appキーは小指を右にずらして下げた位置



すぐ忘れるのでメモ。

Mr.Chlidren - Worlds endの一節と、今の自分が重なる。


飲み込んで吐き出すだけの 単純作業繰り返す

「自動販売機」みたいに この街にボーッと突っ立って


教えられただけの仕事をそのままアウトプットすることしかできない自分。

ときどきミスをして「自動販売機でさえ与えられた仕事は忠実にこなすのに」と

能力の無い自分を比較したりして、気づけば退廃的な感情に支配されてしまう。



そこにあることで誰かが 特別喜ぶでもない


自動販売機はただそこに在るだけで、誰かのために在るわけじゃない。

せわしなく人が行き交う中で、誰かに存在を認められることもない。

受け取ったら与えるだけという受け身なメソッドを、ただ無感情にこなすだけ。

自販機の立っている場所は、信頼や誠意のような言葉から最も遠い。



でも僕が放つ明かりで 君の足下を照らしてみせるよ

きっと きっと


でも、自販機がその存在を認められる時がある。


人気のない真っ暗な夜道に、煌々と光る自販機。

その光は通りがかる人すべてに等しく与えられる。

誰かのためでもなく、誰に媚びるでもない。

ただ純粋に自分の存在を主張するだけ。


でもそれは暗闇に視界を奪われ不安がる誰かにとっては無償の「奉仕」として映る。

恩着せがましくなく、誰に対しても公平な奉仕を受けたとして、誰が悪い感情を持つだろうか。




自分の思い通りに生き、信頼を得る。そのためには

どんな環境に置かれても信じられる主張を持ち、人の評価には一切耳を貸さない。


山岡鉄舟という人が詠った言葉が、自分にとって大きな指針となる。

「晴れてよし 曇りてもよしの 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり」 

Post itを活用しよう。


基本情報 試験日:10/18(日)


【作業実績】

×正規分布⇒10-06 統計


次の予定 7/25(土) 2h

【方針B】

×10-06 統計

?1-05誤差

?3-01 ハードウェア

?8-01 データベース

?8-04 SQL(基本)


【過去実績】

○1-01 情報量の単位

○1-02 基数変換

○1-03 補数表現と固定小数点表示

△1-04 浮動小数点表示



◎=新たに理解したこと

○=これまでに理解できたこと

△=理解できたが、復習しないと危険なこと

×=理解できなかったので、次も勉強すること

?=次の予定


A方針=参考書ページ順重視

B方針=気になった単元重視

C方針=つまづいたところ重視



他人が何を言おうが気にしない。他人の評価に依存しない。

自分の思い通りに生きてやる。だから勉強する。

風邪をこじらせて有休をとる。


入社式の答辞を見つけた。

自分で言うのもなんだが、何回か練り直したぶんよく書けたと思う。


1回目で完璧に書こうとした文は回りくどく嫌味が残る文になっていた。

後日それを推敲しなおした完成版はそれが無い。


最初はデッサンをつくる気持ちで、徐々に完成度を高めていったほうが

やはりすばらしい成果をあげられるようだ。

土曜日

金曜日の飲み会帰りに同期の家に泊まる。


日曜日

朝方はネットで本漁り。日中ぼーっと過ごした後、

頼まれた少しの買い物と、パチンコ。


月曜日

三国志を一日中読む。



今気持ちが晴れないのは、この休日の過ごし方に問題があるからだろう。

金・土に関しては同期と腹を割って話せたし、別の同期の家に泊まってゆっくり過ごせて

振り返りをしてみても有意義に過ごせたと感じる。だが、後の二日はどうなんだ。


自分はどうでもいいことを覚えて悩むのに、こういう反省すべきところは3歩あるけば忘れてしまうようだ。

たが記憶できない自分を責めてはいけない。心の平穏を乱すほうが自分にとってもっと良くない。

問題なのは、自分の中のやましさを記録せず、振り返りたくてもできないままの現状のほうだ。

後悔だけ残して劣等感に押しつぶされたまま不誠実な態度で仕事を始めることになる。



仕事ができないのを恥じる必要はないし、自分の立場は主張していい。

だが1秒先も考えず、全体を見ようともせず、記憶を記録(メモ)で補おうともしない。

できないと分かってから自分かわいさに必死に取り繕い、徳も信用も一瞬のうちに失う。


上の生き方を恥と感じないならば、自分は生きる資格はない。




才能は人に負けていい。だが人格・志で負けようとしたらおしまいだ。



やる気のないときもあるだろう。心を殺して無意識に過ごし、机に向かう前から逃げ出している。

これまでずっとそうだ。未来の自分が同じことで後悔してもどうして責められるだろうか。



「勉強したって、資格をとったって、きっと何も変わらない。誰もほめてくれない。」そうとも、その通りだ。

「だから休みは心を殺して、ゲームに没頭し、好きなだけ飲み食いして、何もかも忘れてやる。」


だったら、もっと自分本位に考えればいい。不誠実な日は勉強してイライラしたら、心の中で呪詛を吐け。


「皆死ね。誰がお前らなんかのために働くか。自分の思い通りに生きてやる。」


笑顔でいることは忘れるな。笑って過激な呪詛を心の中で吐いてしまえばいい。



自分は器が小さいのだ。顔で笑って、心で色んな憎しみや妬みの言葉を吐くぐらいがちょうどいい。

それで心の平穏を保ち、信頼を築くことができるのならば最善の手段だろう。



そして本当に誠実に振る舞える時が来たら、その時はとことん誠実に振る舞えばいい。

それは自分の徳を高め、少しずつ自分を成長させてくれるはずだ。

尻におでき発生。


自転車のサドルがきつい。

最近は忙しい(と自分では思っている)が、仕事への好奇心はなんとか持ち続けていられる。


8:15出社
業務報告は備忘録としても使う

最近デスクでカロリーメイトで朝食を済ませる習慣が続いている。
せめて、自宅では野菜ジュースを飲んでから外出するようにしたい。


今日は新案件の説明会を受けた。

正直に言えば不安しかない。わずかな信用を根こそぎ喪うかもしれない。

自分の器は小さいかもしれない。器に限界があろうとも、徳や人格は

いくらでも磨くことができる。人の信用を得るために、才能よりまずこちらを疎かにするな。


自灯明、法灯明。自分の足で立ち、自分の頭でよく考えるほかない。



誰かに「役に立たない」「使えない」といわれても、巧言を使ったり諂ったりするな。

人の信用は、己を喪わずやることなすこと一貫している者だけに得る権利がある。

人に叩かれる陰口なんて、知らないほうがいいもので、人生の霧や雲のようなものだ。

その先にあるモノの本質までもが、変わってしまうべきではない。

自分を喪うな。頑張れ、明日からの自分。

最近の自分はどうも精神的に緩みすぎている。

会社から帰って、風呂に入って、漫画を読んで、寝るだけの繰り返し。

平日は疲れがあってできることが少ないのはしょうがない。


でも、何もできないわけではない。

週末はどうだ?

最近卒研の時のように

「成長のための辛く建設的なストレス」を少しでも感じたことがあるか?


パチンコ、漫画、暴食、惰眠・・・

非建設的な欲求に流されるままで何も成長していないことを直視できているのか?


もう自分に何もないことに気づいて焦ってからでは間に合わない環境にいることを忘れていないか?



今はものすごく恵まれている。

先輩が親切に教えてくれる時間は、もうあっという間に過ぎてしまうのだ。

2年目からの辛さ、厳しさを、先輩を見て少しは理解しただろう


焦りや嫉妬は向上心を生み出す。それが沸き起こらなくなったら成長は無いと思う

でも捉われすぎると器量が狭くなり人の行いに一々焦ったり嫌悪したりするので信用を失う。注意


自分にとって、これから一番失ってはいけないものは、信用だ。


好奇心を忘れない(好奇心がないと反復しないので3日で忘れる)

全体(目的)を見据えて、手段を覚えようとする(視野を狭くして完璧主義に陥る危険や、方向性の無い努力を防ぐ)

・誰かに伝える、もしくは成果を出すこと(アウトプット)を忘れない



もう日曜日も終わってしまう。

何もせずに終わってしまう日曜日は、憂鬱なのはよく分かっているはずだ

漫画だって読む姿勢は大事だ。人の意見に流されたり好奇心を持たずに読んだりすれば、

感動や学びを1つも得られないまま話が終わってしまう。



漫画のストーリー全体が、作者が伝えたいメッセージを代弁している漫画。

キャラクターが作者の手から離れて生きているように振る舞う漫画。

この2通りのパターンが好きだ。

逆に、

・ただ欲求を書き散らかしただけ

・奇をてらうことばかり気にしている

・キャラクターごとに一貫したスタンスや格好良さがない

・嫌々書いているのがストーリーやキャラクターから伝わってくる

そういう漫画を読んだ後は作者への不信感しか残らない。

毒にしかならない漫画もあるということは忘れないようにしたい。



ある有名な漫画家の人が何かのファッション雑誌でこんなことを言っていた気がする。

「最初はこいつはこんな性格で、こんなことをしてやると面白いとか、色々考える。

でも次第にキャラクターが勝手に動き出して、こいつこんなに格好良かったっけ?とか、

思いもしない行動をすることがある」と。


最初は作者がどんな気持ちで書いているか詮索してみて、

次第にキャラクターの格好良さやストーリーに引き込まれていけると

読後感もすごくいいし学びをたくさん得ることができるようだ。