「プレSE奔走す」を読んでいただいた皆さん、

ありがとうございました。


しばらくの間、「番外編」として短編を掲載します。


まずは、当時大きく騒がれた、2000年問題の当日の様子を描いた作品。

当のIT企業ではどんな様子だったが分かります。


この話は今日でおしまい。

後日また別の話を掲載します。

***

元日の渋谷は二つの顔を持っていた。

ひとつは正月気分で浮かれる人々を飲み込む歓楽街。

そしてもうひとつは閑散としたビジネス街だ。

渋谷本社の周りは後者であり、いつもの定食屋は殆どが休みだ。

やっているところも歓楽街からあぶれた人で混んでいると思われた。

何もなくても何かあったらいけない、

連絡があったときに外出していたらしゃれにならない。

交替要員のいない御厨は、昼食を取りに外へ出ることはなく

ひたすら事務所で時間を潰した。

もっとも、飲み物は自販機があるので困らなかった。

いつもなら軽食も取れるのだが、

年末年始の休みに合わせて自販機は空にされていた。

「明日からは何か持ってこないとたまらんなあ。」

午後には、本当にすることがなくなってしまい、

念のために持ってきていたラジオが役に立った。

音量は小さくしていたが、その音は人気のない事務所に響いた。


その後も、元旦の時間は穏やかに何事もなくゆっくりと過ぎていき、

いつしか日元アイシスの定時である午後五時半に達した。


御厨は、再度お客様のホームページを閲覧して特に問題がないことを確認すると、

メールをチェックし、こちらも何も連絡がないことを確認した。


御厨は、朝と同じように社内ウェブで2000年問題対策室のページを開いた。

1月1日のページへ行き、公共本部、設計の欄に夕方の情報を登録する。


情報がきちんと登録されたことを確認すると、PCの電源を落とし、

フロア管理簿の手順に沿って、最終退館の確認を始めた。


窓の鍵、ブラインド、朝触らなかった自治体本部側の窓もすべて確認する。


トイレの電灯、コピー機、シュレッダーの電源、

そのほかの指定された項目を確認し終わると、

机上を整理し、フロアの電灯を消す前に管理簿に確認サインをした。


「まあ、しょうがないけど、ここは矛盾だなあ。」

先に電灯を消すと、暗くてサインができない。

電灯を消す前にフロア消灯の欄にチェックを入れ、サインするのだ。

御厨は鞄とフロア管理簿を持ってフロアの電灯を消し、エレベータで一階に戻った。

守衛所の前で入退館届出表に退館時刻を書き込み、サインをする。


「失礼しまーす。」

「ごくろうさまー。」

オートロックのドアを開けて社外に出ると、夜の風は意外と冷たかった。

御厨はコートの襟を立て、静かなビジネス街を駅の方へ向かった。

途中からもうひとつの顔、歓楽街に入ると鮮やかなネオンが人々の顔を照らしていた。

御厨は彼らに目もくれず、地下鉄の駅に消えていった。

***

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