昨晩は、上原の熱投で足踏みしていた通算100勝をようやく達成することが出来た。
しかし、このジャイアンツにとってお祭りのような試合を演出したのは監督の采配だった。
試合は、上原と福原の息が詰まるような投手戦で進んだ。
両者の投げ合いは7月の甲子園でもあった。
そのときは0-1で阪神に敗れた苦い経験が上原にはある。
両者の投げあいは、今回もまた最小得点で決着がつくと思わせるようなものだった。
6回裏にシーツの2ランでその均衡が破れた。
これで、流れは阪神へ傾きかけた。
しかし、そのジャイアンツにとって嫌な流れを岡田監督がヘボ采配で救ってくれた。
7回表に2死から上原がまさに執念とも思えるヒットで出た。
ここで、岡田監督がここまでほぼ完璧のピッチングをしていた福原からウィリアムスへの投手交代を告げる。
福原が明らかに納得のいかないような表情でマウンドから降りる。
福原に代わり登板したウィリアムスがとんでもなかった。
明らかにまだ左投手を苦にする脇谷に対して、簡単にフォアボール。
これで阪神に傾いていた流れが、ジャイアンツに一気に傾く。
そこからこれが同じチームなのかと思わせるほどに、これまでのジャイアンツには見られなかった怒涛の連打。
ヒット、ヒット、またヒットー!!
阪神のベンチでは、岡田監督がいつものように腕を組みながらあごを上げ、「おかしいなー」と言わんばかりに首を何度も何度も捻っている。
その姿はまさにひょっとこ。
バカ、アホ、ひょっとこ。
これは明らかにひょっとこの采配ミス。
流れは自軍の方にあるわけだから、その流れを断ち切るように慌てて動く場面でもない。
しかもバッターは長打のない脇谷で、ランナーはピッチャーの上原だ。
あの場面はじっくりと腰を据えているのが、有能な指揮官だろう。
まさに昨晩の勝利は、ひょっとこからもらったプレゼントのようだった・・・。
ここで、終わらせたら阪神へのツッコミ日記になってしまう。
これで終わらせないのが、このブログ。
我がジャイアンツの原監督に、目を疑うような行動があった。
7回裏に2死2塁で代打に桧山が告げられた場面だ。
ここで、何と原監督がマウンドへ向かって笑顔で走り出したのだ。
普段は試合中にほとんどマウンドへは行かない原監督が・・・
そして、上原と一言二言話して、投手交代を告げた。
この場面を見て、私は思わず鳥肌が立ってしまった。
なぜなら、数日前このブログで、原監督と落合監督を比較し、こう書いた。
落合監督は選手の気持ちを大事にする。
それが監督と選手の信頼関係を構築させ、また強いチーム作りの一因にもなっている。
それを示すのが、落合監督は投手交代時に必ずマウンドに行って、なぜ交代するのかを説明し納得させている。
それに対し、今年の原監督は、その采配や試合後のコメントからも選手の気持ちを蔑ろにしてしまっている。
だから首脳陣と選手との信頼関係が崩壊している。
原監督もこの落合監督の考え方、やり方を真似すべきだ。
少しは落合監督を見習え。
なぜなら結果を残している者のやっている事は間違いなく正しいからだ。
そして、それに気付いたら迷わずにすぐに実行しろ。
結果は後からついてくる。
そのときの記事↓
http://ameblo.jp/cm118142731/day-20060822.html
そしてそのブログで書いたことををそのまま手紙にして、原監督への激励ということで、ジャイアンツ球団に原監督宛で送ったのだ。
その手紙を原監督が読んでくれたかどうかは定かでないが、まるでその手紙を読んで、その内容に納得してくれたかのような昨晩のあの行動。
だから私は驚き、思わず鳥肌が立ってしまったのだ。
以前から何度も書いてきたが、原監督の采配はとてつもなくヘボく、またそれに気付くのも遅い、だが原監督は人の意見を素直に聞き入れる素直さ、実直さがある。
そういった原監督の人間性、人間力が1年目に優勝できた原動力のひとつでもあった。
これも何度も書いてきたことだが、おそらく今シーズンのヘボ采配の裏には、ヘッドコーチとして招聘してしまった無能・近藤の意見を素直に聞き入れてしまったのもあるのだろう。
原監督の素直さが裏目に出てしまった形だ・・。
だが、昨晩のあの行動を見て、やはり原監督には名将に成り得る可能性があると確信した。
なぜなら、自身の足らない面、誤ってしまった面を素直に反省し、そしてそれを指摘した人の意見を素直に聞き、そしてすぐ実行に移せるからだ。
例えどんなに采配が下手でも、素直に反省する心があれば、采配なんぞはいくらでもうまくなれる。
なんでも初めからうまく出来る人はそうそういない。
要は、失敗は素直に反省し、それを糧にできるかが重要なのだ。
それは、監督に限った話ではない。
何事についても言えるのだ。
人に間違いを指摘されても、素直に間違っていたと認めない者がよくいるが、それは愚かなことだ。
なぜなら、変なプライドで意地を張って、自分の間違いを認めないと、そこで成長できないからだ。
また同じ間違いを繰り返してしまう。
その典型が、無能・近藤だ。
自らの力不足で結果が出せずに、監督を解任された会見で、こともあろうに自分の力不足は棚に上げ、「もっと強いチームで監督をやりたかった」という負け犬根性丸出しの暴言を吐き、ロッテファンだけでなく世間の批判を浴びた。
この一言に近藤のひねくれた劣悪な人間性と、反省という言葉を知らないアタマがよく分かる。
反省をしないから、奴は同じ失敗を繰り返す。
つまり監督としての敗北。
だから、私は奴のことを無能と呼ぶ。
反省をしなければ、上がり目がまったくないからだ。
私は、これまで原監督のことをヘボ監督とは散々言ってきたが、決して近藤のように無能扱いして切り捨ててはいなかった。
どんなにヘボ采配をしても原監督の僅かな可能性に賭け、来季も監督を任せて、その可能性に賭けたいとも書いてきた。
それは原監督には、無能・近藤とは違い、人の意見を素直に聞き入れ、自分の間違いは反省するという素直さがあるからだ。
そのことを昨晩のあの行動で再確認できた。
昨晩のあの場面で、原監督が歩いていかずに、笑顔で走ってマウンドに行ったのは、おそらく普段あまりやったことがないことをする自分に対する照れなのであろう。
こんなところにも、人間・原に魅力を感じてしまった。
原監督のこの行動の効果は覿面だった。
昨晩の上原は降板もいつになく晴れやかな表情で自軍を応援していた。
十分に納得してマウンドを降りることができたということが、その表情によく表れていた。
これからも原監督が、人の意見を素直に聞き入れ、自分の間違いは反省するというその姿勢を変えずにいたなら、名将に一歩一歩近づけるだろう。
最後に原監督には、「ありがとう、そしてこれかももっと精進しろ!!」と言いたい。