蘭ちゃんだ。こっちに来た。かわいい!


髪なんか艶々とたゆたうように流れて指が滑りそう。掬っては流れ、光を受けてさらに艶めく。

石鹸とイチゴのシャンプーの香りが鼻をくすぐるんだろうな。


声なんかきらきらしていてガラスのオルゴールを指ではじいたように高らかだし、

睫なんか繊細で、そっと息を吹きかけたくなってしまうくらい。


女子の敵、女子の正義でしょ彼女は。


「ご注文はなんにしましょうか?」


「注文ですか?・・・」


いかんいかん、蘭ちゃんに見惚けていて、ご飯選んでなかった。


「この猫にゃんこおむすび寿司と、のほほん茶でお願いします。」


「わかりました。復唱しますね。」


蘭ちゃんはメイドさんなのに、女子大生っぽい素人くさい一面も併せ持っていて、

なんとも現実的である。



フレッシュ寿子の登場。
寿子は思っていました。


この世に媚びと美しさが矛盾することはあるのだろうかと。美しさの中には、媚態が意識的にせよ無意識的にせよ表れており、媚態なしに人を惹き付けることなどあるのだろうかと。


だってあたしは秋葉にこうして通っていて、何人ものメイドの脚を拝んでいるけれども、ぷっくり突き出た膝の形は拗ねて尖らせた唇のようだし、スカートの裾のフリルで鼻をくすぐられたら世界一春めかしいくしゃみの予感。かわいいのよ精神がなきゃ、こんなにそそられない。


さぁて、今日もやって来たお店は比較的新しいはーとうぉーみんぐという店。ひらがな綴りが読みにくいが、それもご愛嬌。スタッフさんはHPでチェック済みなんだからね。


「蘭ちゃんがそこで働いている。」

杉村からそう命を受けてきたのだ、あたしは。

杉村とは「非日常発見プロジェクト」という大学のサークルで知り合った。互いに退屈しており、「なんかいいことないかなー」が口癖のメンバー同士、大学に公認サークルと認められ、部室ができたのはいいものの、そろったのは元が億劫がりの出不精なメンバーだけに、ぴかぴかの部室が廃人の居候場所へと変わったのには3ヶ月とかかりませんでした。


だからあたしは、折角岡山から東京に出てきたんだから!と鼻息を荒くしてたとえ一人でもこうやって秋葉原に出てきて、可愛い子を見つけてはさらに鼻息を荒あsdfgじこ@:うわ何をするやめろあsdjふぃお

くしているのであります。ごめんね。故郷のお母さん。お父さん、おばあちゃん、死んだメダカ。




園祭の季節がやってきた。


僕の所属する美術部のクラスでは「びすけっと屋」をやるらしい。誰かがやると決めたことに適当に乗っかっておきながら、「学生らしい」ことをしていると、部の人々は思い込んでいる。「学生らしい」こととは、無条件に健全な印象を人々に与えるものだ。「部の団結」や「一生懸命」なんて名ばかりであるのに。大体、そんな言葉はうちの部や大学にまるで合ってない。いくら芸術大学といっても、お嬢ちゃんやぼんぼんが遊びで来るような大学だ。僕のように真剣に絵をやりに来ている学生なんかごく一部で、しかもそんな「意志」は大学に入ってから2年もする間に、プライドと一緒にどこかへ行ってしまった。


「ビスケット、面倒がらずに、ちゃんと描いてくれよな。期待してるぜ、谷原。」


部員達は虫のいいことばかり言って、自分達がいかに楽するかばかり考えている。僕だって作業を好きでやっているわけではないが、暇をもてあますのにも飽きたので、看板を描いているだけなのに。

あと一歩でようやく完成というときに、スプレーの缶が空になった。


「おい、誰かスプレー買って来てくれないか? 」


「俺行ってもいいけど、金持ってない。」

「生協のおばさんと気まずい。」

「手が離せない。」

こちらを見もせずに言う彼らには、全くうんざりだ。


「ったく、協調性のかけらも無いやつらだぜ。もういいよ、俺行ってくるから。」


まぁ、散歩がてら休憩するのも良いだろう。門を出ようとすると、ミロが一人で歩いていた。彼女の周りだけ、春風が吹いているように見える。薄紫のワンピースに、白のファーマフラーをしている。彼女はしなやかな、バレリーナのように歩くのだなぁと僕は少し感嘆した。


「あら、あのときの君じゃない、しばらくね。」


「おぉ、久しぶり。」


「どこに行くの?」


「スプレー切れちゃったからさ、買いに行こうと思って。」


「そう。私今からお茶しにいこうと思ってるんだけど、ついでに一緒に行ってもいいかしら。」


「いいよ、一人なの?」


そう訊くと、彼女は心なしか寂しそうな顔をしたように見えた。


「ええ。私、皆で何かすることって、あんまり得意じゃないのよ。だからたまに億劫になっちゃうの。」


「そうか、俺もだよ。たまには息抜きも必要だよね。」


僕とミロは、何も喋らないまましばらく歩いた。木枯らしが顔に冷たく吹き付ける。銀杏並木は、秋の曇り空の日に通ると、陰鬱な気がしないこともないけれど、二人で歩くと意外といいものだ。


「じゃあここで。」


「俺も一緒にいっていいかな、寒いし」


「ええ。」


店に入ると、ほんのりと柚子の香りがした。

鍵を開けると、待っているのは辛気臭い部屋だ。このアパートは五十年ほど前に建てられた上、管理も杜撰だ。


テレビを点ける。チャンネルを変えても、相変わらず党首同士の罵倒や、芸人の小競り合いだ。

下らない、そんなに注目されたいか。自分が注目を浴びることが、そんなに快感なのかい。


僕は商業的な芸人やアイドルにも、障害者をやたらと美化するドキュメンタリーにもうんざりだ。なんでもっと、心から人をひきつけようと思わないんだ。

それに比べて、ミロは、本当に浮世離れしている。生活感が全く無い。そして、華奢な体の中には、決して折れることの無いような芯がある。もっと彼女のことが知りたい。

そんな思いから、僕は生まれて初めて、人を恋焦がれるようになった。そして、キャンパス内でたまに彼女を見かけると、誰も見ていないことを確認し、小躍りするまでになった。恋とは、少し恥ずかしくなる状態なのだろうか。だとしても、僕は決して盲目的になったりはしないさ。

 初老の婦人が僕の飲み物を運んでくれた。婦人にミロを見ていること気付かれたのではないかとひやりとした。再び、さり気なく覗いてみる。彼女は重厚な茶革のかばんから、菫色の便箋を取り出した。誰かに手紙を書くのかな、と僕は思った。すると、先程かき混ぜていた花びらを、小さなスプーンで便箋の上に一つ一つ並べだしたのだ。気がおかしいんじゃないか。呆気にとられ、しばし呆然と見ていると、彼女は僕の視線に気づいた。


「何ですか? 」


彼女はその崇高な眉を険しくひそめた。抗いがたい美しさに、僕は思わず絶句する。頭から言葉が出てくるまで

の時間が、かなり長く感じられた。


「いや、別に、何も…。ただ、何をしているのか気になって。」


「…花びらを? 」


「あ、はい。その花を、一体どうするのかなと思って。」

彼女はふふん、と鼻で笑った。僕のことなんかまるで興味がないようだ。またスプーンで花びらを乗せ始めた。よく見ると、何かの模様になっている。


「何をしていても、いいじゃない。当てられたら教えてあげる。」


「額縁に飾るの? 」


初めて敬語を使わずに彼女に話しかけられた。


「どんな額縁だって大きすぎるわよ。あぁ、もう花びらが無いわ。おしまい。」


「何か手伝ったほうがいいかな? 僕の絵の具でも使う?


「どうもありがとう、でも、いらないわ。小さな押し花だから、これで充分。」


そういって、彼女は便箋を、青白い細い指で二つ折り、楽譜の真ん中に挟みこんだ。彼女がもうすぐ店を出てしまうのではないかと思い、沈黙の中で言葉を探していた。


「クレーが好きなの?」


慌てて繕う。


「あ、これ? 今、抽象画の表現を勉強しているところなんだ。」


クレーの画集は買ったばかりで、もちろん店の中では彼女ばかり見ていたから、表紙しか見ていなかった。


「ふうん、抽象画の表現っていったい何を勉強するのかしら? いかに勢いよくインクを飛ばすか、とか?」


「いや、抽象画が生まれた社会的背景とか、マン・レイの技法とかさ。」


彼女はただ中空を眺めていた。何の興味もなさそうに。


「はは、興味ない?」


「よく知らないから。あなた、美術科なの?」


「まぁ、一応ね。」


「へぇ、そうなの。じゃあそろそろ私、行くわね。個人レッスンがあるから。」


彼女は軽く手を振り、ドアを開けていってしまった。疲れた。彼女と話していると、自分の気持ちを悟られたくないがために、表情や言動、何もかもが作為的になってしまう。それをミロに見られている間抜けな自分を想像し、羞恥心に苛まれる。けれど、風は爽やかだ。僕は彼女の残した杏の香水の香りを、大きく吸い込んだ。

振り向くと、そこに彼女はいた。鮮やかな紫のワンピースが、彼女の青みを帯びた唇を一際惹きたてている。扇のような睫をそっと僕に向けた後、静かに視線を、手元のバイオリンに戻した。こつこつとヒールの音を立てて、遠くの部屋に戻る。彼女が閉めたドアの隙間から、チゴネルワイゼンが高らかに聞こえてきた。


見詰め合ったのは一瞬だったが、彼女の目の奥に静かに揺らめく青い炎がまだ目に焼きついて離れない。窓からは、海に沈みかけた夕日が見える。ふと、音が消えた。静けさを消すように、僕は目の前の林檎を、キャンバスに縁取った。


1DKの部屋は、ギリシャ彫刻のレプリカに覆われているため、足の踏み場も無い。けれど、僕は好きなものに囲まれて過ごすのが好きなので、別に構わないのだ。それにしても散らかり過ぎている。少しくらい埃がかぶっていたほうが、彫刻たちも頽廃的に見えるじゃないか、なんて言い訳をしてみる。そうだ、電話の横のガラスの蕾だって、くすんでいた方がずっと良い。完璧であることなど有り得ない。ミロのヴィーナスだって片手が無いからこそ寂しげで官能的なのだし、モナリザだって眉が無いから悩ましく見える。人を惹きつけるものはきっと、いつだって不完全だ。欠点が無いことは、欠点そのものなのだ。狂いの無い物体の羅列を見ると、奥歯で空気を噛み潰したくなる。小蝿が飛んで来て鼻をかすめた。何かで潰そうとも思ったが、面倒だ、構わない。そろそろ寝るか。


何日か経って、僕は深い青のブラウスを着た彼女にあった。ミロだ。僕はいつしか心の中で、彼女をミロと呼ぶようになった。もちろんこのことを誰かに言うつもりは到底無い。彼女は構内の喫茶店で、ローズヒップティーを飲んでいた。僕は彼女に怪しまれないように、さり気なく斜め横の窓側に座り、レモネードを注文した。


林の中の店は静かで、煙草の匂いがしない。ここが町の大学の中であることを忘れさせてくれる。僕はクレーの画集を読むふりをしながら、視線だけを彼女に向けた。ミロは、スプーンでカップの中の薔薇の花を掬ってはかき混ぜていた。渋紅色の花びらがはらはらと渦巻くのを、子供のように楽しんでいる。






「何ですか? 」


彼女はその崇高な眉を険しくひそめた。抗いがたい美しさに、僕は思わず絶句する。頭から言葉が出てくるまでの時間が、かなり長く感じられた。


「いや、別に、何も…。ただ、何をしているのか気になって。」


「…花びらを? 」


「あ、はい。その花を、一体どうするのかなと思って。」


彼女はふふん、と鼻で笑った。僕のことなんかまるで興味がないようだ。またスプーンで花びらを乗せ始めた。よく見ると、何かの模様になっている。

 初老の婦人が僕の飲み物を運んでくれた。婦人にミロを見ていること気付かれたのではないかとひやりとした。再び、さり気なく覗いてみる。彼女は重厚な茶革のかばんから、菫色の便箋を取り出した。誰かに手紙を書くのかな、と僕は思った。すると、先程かき混ぜていた花びらを、小さなスプーンで便箋の上に一つ一つ並べだしたのだ。気がおかしいんじゃないか。呆気にとられ、しばし呆然と見ていると、彼女は僕の視線に気づいた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」

いつもありがとうございます。

皆様の訪問数が私の書く糧となっております!


一つお知らせがあります。

アイドル・コンプレックスを、2ヶ月間お休みさせていただきます。


その代わり、今日から新しい話

「雨の足音」を載せていきます。


これからもたくさん足を運んでくださったらとっても嬉しいです。音譜

男の人の独占欲はエグい。


前の彼氏は私のメールが途切れることが続くと、デート中に勝手に私の携帯を盗み見ていた。

携帯だけではなく、ポーチの中身や鞄の中身、あらゆる部分がチェック対象だった。


トイレに行くと、わざと微妙にあけておいたポーチのチャックが閉まっている。

携帯の時計表示が、メールが来たわけでもないのに白く光っている。

そんなことが続くと不信感を持つのは当然だが、それをあらわにすることはできない。


だまって「独占」されておく、まぁそれが安泰への手段なのだ。


だから今回武藤さんが、私の首にネックレスをかけてくれたときも、

まるで犬の首に首輪をはめたみたいだ、とぼんやり思った。

もちろんこれも、武藤さんには言わないでおいたけどね。


「彼好みの女」になることは、私のプライドが許さない。

そんなスタンスでいたいけれど、一緒に居れば知らない間に互いに心を侵食しあっていくものだ。


「終電があるから、帰ります。」


そういうと武藤さんは快く駅まで送ってくれた。本当は自分の車で送りたかったけれど、

飲酒運転で捕まったらアイドルの明るい未来が・・・云々かんぬん。


私をアイドルとして格上げしているように見せかけて、暗に自分のデザイン事務所の

大きさをひけらかしているようにも聞こえる。


けれども、餡蜜のとろけるような甘さ、都会の音楽。

視界に広がる銀座の町並みはクリスマスの色に染まっている。

ごっこにはまってみるのも悪くは無いかもしれない。

それからも何回か彼の事務所に行き、同じように撮影を続けた。お金は時給換算すると2000円と高めで、割のいいバイトではあったが、あまりの待遇の良さに、たまに不安になることもあった。


「今日は予定より早く撮影が終わったね。これから大手町に行くんだけど、銀座に甘い物でも食べに行かない?」


「いいですね。」


まだお酒の飲めない私は、あんみつを頼み、武藤さんはフルーツ・カクテルを注文した。


「たまには遊びに来て欲しい。自由に事務所を行き来していいよ。」


グラスを傾けながら、しばしば武藤さんはこんなことを口にした。

武藤さんはいつもは割りと業界人風にきりっと締まった口元と親しみやすい雰囲気を持っているのだが、酔うととたんに頬が赤くなり、だらっとなる。でも若いせいかあまりいやらしい感じはしない。


「りおんちゃん、それでずっと事務所にいたらいい。服ならいくらでも作らせるし、ヘアメイクだっているよ。勿論僕は君を籠の鳥のように閉じ込めたりはしないよ。自由に出掛けたっていいし、働いたっていい。」

そう言って彼は仕事用の茶色い牛革の鞄の奥から、薄桃色のベルベットで包まれた小箱を取り出した。


「りおんちゃん、見てご覧よ。小さな真珠でできたネックレスだ。ただの真珠じゃない。薄いピンク色の真珠だよ。君の華奢な首にぴったりだ。」


そう言って、彼は太い指を蝶のような形にして私の首に真珠の輪を掛けた。軽やかに見えて、きちんとしたネックレスは意外と重い。


「どうだい、かわいいと思うんだけど。」


「私もこの色、大好き。でも、いいんですか? いつも良くしてもらってなんだか悪いですね。」


「僕の気持ちだからいいんだよ。」


すっかり暗くなった銀座のビルの窓からは、雑踏を行き交う人々が見える。花束を持って歩く初老の役員風のおおじさん、毛皮のコートをさっと羽織った、深い紫色のベレー帽を被った上品なおばさん。黒いイブニングドレスに、高級そうなコートを纏った二人連れの女性は、おそろいの洋服を来たヨークシャテリアを歩かせている。


「りおんちゃん、お酒飲んだことあるかい?]


「いえ、初めてです。」


「一口くらい大丈夫だよ、飲んでご覧。」


そう言って武藤さんは私のあんみつの木の匙でカクテルをすくい、私の口の中に入れた。




濃いオレンジのフルーツ・カクテルは、遠くに見えるビルの灯りと同じ色をしていた。

「文香がいきなりトルコに行くなんてどうしたんだろう。自分探しの旅にでも出るのかな?」


「あいつはそこまで痛くないだろう。 なんかあったんじゃないの。」


「ふーん。」


「なんか、男に依存する女は嫌だみたいなことをいいながら、自分がモテない焦りを抱えた先が

トルコだったんじゃないの? 何かしらのきっかけがあってさ。」


菅谷は一見ぐうたら学生なのに、どこか冷めているところは少し文香に似ている。


「そうなのかなぁ。 普通に観光かもしれないよ? 文香、受験のとき英語がんばってたもん。」


ここで、そのとおりだと同意したら、余程性格の悪い女子と思われてしまう。本当は、イメチェンといい、「合コン」という話を言い出したときの彼女の目の輝きや、嫌悪感がほんの少し表れた声の感じといい、嫉妬が丸分かりなのに。でも、私は決して彼女のことを哀れんでいるわけではない。確かに、焦りばかりが先行して、余裕の無い表情になっていることもしばしばだが、努力家なのも彼女の良さなのだ。とか善人じみたことを思ってみる。


「違う違う、彼氏欲しーって干物女がいつも言ってるもん。」


彼は文香と親しいから、こんな冗談も許されるのだろう。だが私はいくら親しく見えたとしても、女子としてきついことは言えない。


「どうなんだろうね。 とりあえず、文香に会ったらお土産ちょうだいって言っといてよ。私、トルコのローズヒップティーとかアップルティー好きなんだ。 菅谷君も飲んだら、きっと美味しいと思うよ。」


「そうだね。あぁ、今日もなんか蘭ちゃんの笑顔に癒されたなぁ。」


「そんなことないよ。」

謙遜。


じゃあ、と別れたのだが、その後再び彼が本棚から同じ本を取り出した手を、私は見逃さなかった。