- 前ページ
- 次ページ
ひょんなことから、ブログにログインしてみた。
なんと2015年9月が最後の投稿。
これからちょこちょこ載せてみようかな・・・と思うけど、どうでしょう。
一応、中途半端な意思表明的・・・(笑)
今日は退院後3週間で経過観察に行ってきました。
血腫の状態は・・・
「小さくなってるよ!」
「こんなだったのが、こんなに小さくなったんだよ」って先生は手で大きさを表現したけど、
それって、2週間前に4㎝って言ったのより大きいけど・・・
と思ったけど。
ホントに大丈夫なのかなぁ・・・
ちゃんと診てるのかなぁ・・・という不安の方が大きくなる私。
脂肪の塊みたいの恥骨付近に発見。
先生に伝えたら、気にすることないよって・・・
また、軽く言われたけど、ホント?
「次は1か月後にきて!」
仕事もしていいよ。
でもお風呂は出血があるうちはダメ。シャワーだけにして。
温泉は絶対ダメ!!
自転車はいいですか?って一応聞いてみたら、OK!
正々堂々と乗れるわ。
看護師さんに聞いたら腹帯も取っていいよと言われ、だんだんと色々な縛りが取れ、下腹部の重みも少しづつ取れてきて、痛みもなければ、つい思いっきり動いてしまいそうな気がします。
8月10日。それは私のセカンド命日です。
入院前は、肉腫の可能性、お腹が出てきた見苦しさ、足のむくみ、体重増加・・・
手術をしたら楽になる。いつでも温泉に行ける、どうせこれから子供産めないし・・・と楽観的だった私。
手術して、経過が良くなかった私は、入院も普通の倍になり、退院してからネットで色々と検索して気がついた。(いつも、気づくのが遅い私
)
私は、『命を繋ぐ』手段を自ら失ってしまったのだ・・・![]()
年齢的にも、99%これから子供は産めないのはわかっていたけど、
今まで、子供を産むために毎月待っていてくれた、子宮というベットを亡くしてしまった。
そう、それが、私の『セカンド命日』です。
47年で断たれた私の子宮・・・安らかに!
退院して1週間。退院後診察に行ってきました。
血腫は4㎝になっていました。(ホっ!)
血腫は見えないから自分ではどうにもできないけど、手術の傷は当然気になります。
私 「だんだん、傷が広がってきたんですけど・・・(ノ_-。)」
先生 「こんなもんでしょう!。もっと広がると思うよ」
私 「え~!! 困るんですけど・・・」
先生 「えっ!気になる?」
私(心の声) 「普通、体に傷付けて気にならない人がいるってが(`Δ´)」
「通院のときも、手術前の説明の時にも、きれいにしてってお願いしたのに!」
私 「はい!」
先生 「じゃあ、塗り薬だすね」
そして、塗り薬(ヒルドイドソフト軟膏)を出してもらいました。
形成外科の先生が言っていた。
婦人科は命を助けたり、腫瘍さえ取れば傷なんてどうでもいいんだよって・・・
ホント痛感しました。
回診でも、「傷くっついてるね~」 位しか診なかった。それも抜鈎後2日くらいかな。
私は形成外科で手術したときのように、こっそり、マイクロポアテープを貼って少しでも傷がきれいになるよう、目立たなくなるよう、頑張り続ける。
次は2週間後の診察です。
あとは通院で様子を診るんだけど、1ヶ月は自宅で安静に。仕事復帰もダメ、自転車もダメ、運転もダメ。(短い距離はOK)当然スポーツもダメ。
何もできないよ。
血腫がなくなるまでは、静かにしていないといけない。
1週間後の診察で小さくなるか、消えてるかだといいけど。
まずは、それまでは静かにしていよう。
しかし、20日間の習慣は恐ろしい。家に帰ってもついベッドに座ってしまう。
血腫はある程度自然経過をみるしかない。大きくなったり、そこに感染がかぶったり、痛んだりしなければ、あまり悪さはいない…
誰かが悪いとかじゃないから、自分を含め誰も責めないで…
症状がないのに、入院が長引くのは辛いけど、時間薬というのもあるので、もう少し様子をみて病院でゆっくりしてください。
というアドバイスをいただき、なんだか気持ちが落ち着きました。
素晴らしいひよっこ婦人科医です。
そして…
私に関わることがないに越したことはないけど、関わっていただいた方には私で良かったなと思えるような仕事をしていけたらいなと思っているとのこと。
私の影の主治医です。
8月21日、まだ血腫が吸収されていなくて、また退院見送り。
8月24日、まだ大きさが変わらず見送り。大きさは8×6センチ。
21日朝からの出血で、少しずつ出ているとは言うけど、出血は半端じゃないのに、大きさが変わらないのは何故だろう。



