見知らぬ人   エリー・グリフィス | 本読みを哀れむ歌

見知らぬ人   エリー・グリフィス

 

 

 

これは伝説的作家の短編の見立て殺人なのか? ――イギリスの中等学校タルガース校の旧館は、かつてヴィクトリア朝時代の作家ホランドの邸宅だった。クレアは同校の教師をしながら、ホランドの研究をしている。ある日、クレアの同僚が自宅で殺害されてしまう。遺体のそばには“地獄はからだ"と書かれたメモが残されていたが、それはホランドの幻想怪奇短編「見知らぬ人」に繰り返し出てくるフレーズだった……。作中作が事件を解く鍵となる、2021年海外ミステリ最高の注目作! 英国推理作家協会(CWA)賞受賞作家が満を持して発表し、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞受賞へと至った傑作!
 

 

 

 

舞台設定は最高。
作者がタルガース校のモデルとした"West Dean College"は、貴族のマナーハウスだった"West Dean House"に手を加え学校としたもの。広大な敷地に、素晴らしい庭園、歴史ある建物。
クリスティのミステリーに出てくるようなこんな邸宅に、心を動かされない小説家はいないと思う。
そして、そこにR・M・ホランドという、怪奇作家を組み込ませる。
出だしは素晴らしい。
「見知らぬ人」
という怪奇小説の冒頭部分。
"もしよかったら、と、見知らぬ人は言った。
ひとつ話を披露させてください。"
何かよくないことが起こりそうという気配がひしひしとする。
同僚の女性教師が殺されて、主人公の一人、クレアは悲嘆にくれ、恐怖し、いらだつ。
友人であり、同僚でもあった人が、突然殺されれば、こうなるだろうことは想像に難くない。
そして、自分の日記に書かれた見知らぬ筆跡。
姿なき訪問者――単にストーカーともいう――サスペンス的には大いに盛り上がるところだ。
ここで犯人が分かった人はすごいな。いないと思うけど。

この作品には、三人の語り手がいる。
英語教師のクレア。
クレアの娘、ティーンエイジャーのジョージア(ジョージー)。
サセックス警察の部長刑事、ハービンダー。
同じことを見ていても、世代も立場も考え方も違う三人は、それぞれ思うことも違う。
それが面白い。
ところが物語の中心にいるはずのクレアにどこか違和感があってあまり感情移入できない。
この人はある種の「残念女子」なのだと思う。
自分の影響力を正しく理解していない人。
「影響力」と書いたが、こう言い換えてもいい。
「性的魅力」
クレアはスタイルよくて、美人で、頭もいい。アラフォー(45歳はアラフォーですか?)なのに、作中のあらゆる男性からは超モテモテ。(元夫は例外)
でも、クレア自身は、それがなぜなのか、よく分かっていないようにみえる    。こういう人は自分の容姿のことを、本気で普通と思っているから困ってしまう。
自信過剰な美人というのも面倒くさいが、自覚のない美人というのもそれはそれで厄介だ。
彼女がほかの同僚の女性教師たちから、ほとんどやっかみを受けていなかったのは、そういう理由による。(どんなに美人でも、それを鼻にかけなければ、女性はエネミー認定しないものなのです。だから、クレアの性格をよく知らなかったリックの妻には嫌われていた)
ハービンダーがクレアの元夫サイモンのもとに事情聴取に訪れた際、サイモンの再婚相手フルールを見かけるが、彼女は目を惹くような美人で「ふたりの美人を引き付けるような魅力が、この特徴のない男のいったいどこにあったのだろう?」と考える場面がある。
フルールは弁護士なのである。クレアも彼女も、学歴の高いインテリだ。
男女平等、ジェンダーフリーが進んだ今でも、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)はなくならない。
女性、おまけにかなりの美形であるがゆえに、嫌な思いをすることもあったかもしれない。例えば、サイモンはそういうことを感じさせない男だっただろう、と思う。(離婚理由については曖昧。クレアがサイモンの前時代的な性格に気付いたからだと思われる)
ここが、作品の「キモ」。
クレアは美人なのに、まわりから自分がどう見られているか、あまり意識しない。
ゆえにこの「犯人」には気づけない。
だから、読者もミスリードされる。バイアスがかかっているため、なかなか犯人にたどり着けないのだ。
作者がこなれた書き方をしていて誘導がうまい。
ヒントはフェアなので、犯人を特定するのは難しくないが、動機は割とトンデモなので、しばし思考停止してしまうかもしれない。(カーリイの「百番目の男」ほどのトンデモ動機ではないけれど)
ただ、ホラー要素はほんの少しで、ちょっと残念。
見立て殺人という点でも、小説が現実を侵食していくという点でも、それらの要素は薄めだ。もっと深く食い合ってきたら、もっと面白かっただろうと思う。


 

作者が創造したR・M・ホランドの「見知らぬ人」はゴシック・ホラーとして秀逸。
はじめはホランドときいて、勝手にウィリアム・H・ホジソンか、ナサニエル・ホーソンあたりを想像していたけれど、(ホ、つながりなだけ)

間違いなく、M・R・ジェイムズだね。怪奇小説と言うほうがしっくりくる。

 

今回ネタバレはなし。