【おいちゃん列伝】35歳のオールドルーキー、戸倉勝城③40歳を超えてもまだまだ元気。
▲少しは落ち着けって
結局この年は、110試合で2割6分3厘ながら21本塁打96打点で、毎日の初代パ・リーグチャンピオン、そして日本一に貢献。
結果的には3割3分5厘、43本塁打105打点の別当の方が数字を残しましたが、チャンスでの勝負強さは打率、本塁打の割には別当とわずか9打点しか違わないことが証明しています。
なおこの戸倉はもう一つ「1号本塁打」を記録しています。
同年7月5日、後楽園での大映(現ロッテ)10回戦でスタルヒン投手から放った15号本塁打こそ、日本のナイターで初めての本塁打。
ちなみにセでもあの岩本がナイター1号アーチを放っており、2人で歴史に残る本塁打を記録しているのはなんとも因縁。
パ・リーグ結成の主導的立場にあった毎日は翌51年「リーグ反映のために」と、戦力均衡の観点から主力選手の戸倉を阪急に譲りました。
戸倉は55年、その阪急で40歳を迎え、いまだにプロ野球記録である打率3割2分1厘をマーク。
しかも盗塁は21個を記録。
節制もせず、酒のにおいがしたまま球場入りすることもよくあったのになぜそんなに動けるのか?の問いに
「戦争中、満州でつらい思いをした。重い大砲を担いで野山を歩いた。それを思えば野球なんぞ楽なもんじゃ」
こんな豪放な選手、今後は出てこないような気がします。
巨人を中心に、いい子がおおいですから。