子供の頃に

「愛情いっぱいに育てられなかった」と思っている人は

人の顔色をうかがってしまうようになったり、

攻撃的になって自暴自棄になってしまったり、

人と上手にコミュニケーションがとれなくなったりする

場合が多いらしい。


私は、子供の頃からずーっと親の顔色を

うかがいながら生きてきた気がする。


親のいうことを良く聞くイイコだったと思う。

商売をしていた両親に代わって、

中学高校は、妹の保育園への送り迎えをしていた。


放課後、友達とも遊びたかった。

晩御飯を作ったり、、毎日妹の面倒を見たりすることも

本当は嫌だった。


でも1度もそんなことも言わなかったし、

態度にも出さなかった。


親に養ってもらってるうちは自分の自由はないんだ

くらいの気持ちでいたように思う。


中学の時、志望高校を決めたのも両親だった。

妹の送り迎えが出来るように と、

自転車で通える範囲の近くの高校だった。


自分でも行きたい高校があったけど、

何も言わずに従った。


本当は大学にも行きたかったけど、

1日も早く、親の世話にならずに生活がしたいと思い、

両親には「もう勉強はしたくないから」と嘘をついて

高校卒業後に就職をすることにした。


就職先は、寮のある地方のバスガイドを

第1希望にした。


でも、親の希望は自宅に近い堅い所。

やっぱり私は何も言えず、親の言うとおりに

自宅から歩いても通える銀行に就職した。


就職してからも、私の門限は21時だった。

門限をすぎると鍵とチェーンがかけられていた。


最初のうちは守っていたし、

間に合わなかった時も、謝って入れてもらったりしていたけど、

だんだんと反抗心が芽生えてきた。


就職して自分でお給料をもらうようになって、

しばらくたってから私はデビュー(反抗)した。


全く家に寄り付かなくなって、

仕事が終わると遊びまくって、そのまま仕事に行ったりした。


母に


「お母さんみたいな母親には絶対になりたくない」


と言って泣かせてしまったことがある。


今思うと

なんてひどいことを言ってしまったんだろうと反省している。


でも、私の性格は、幼少期から思春期にかけて構成されて、

今でもなかなか変わらない。


人に頼まれるといやと言えず、無理をしてしまったり、

無理に人とあわせようとしたり、

こういうことを言ったら相手はどう思うだろう・・・と

必要以上に考えてしまったり。


心の中では嫌だ、と思っていても

それを態度や言葉にできない。


でも、そういう私をわかってくれて

私の気持ちを聞いてくれる人にやっと出会えた気がする。


というよりも、

私の気持ちや思っていることを言っても、

この人なら大丈夫だ。安心して話せる。と

はじめて思えた人だった。


今、今まで生きてきた中で一番幸せだと思えるのは、

いくらキレられたり、冷たい態度をとられても、

その時思った気持ちを言うことが出来るからかもしれない。


私の気持ちを伝えても、いなくなったり嫌われたりしないと

思えるくらい信じられる。


そんなに信じさせてくれる人と一緒にいられることが

何よりの幸せなのかもしれない。


他の人に対しても気を回さずに付き合えるようになれば

すごくラクになるのかもしれない。


でも、まだ他人と接するのは自分を殺してしまうようで

とてもつらい事になってしまっている。


長年かけて作られた性格は、

治そう治そうと思っても、

なかなか治らないものなんだなぁ・・・と悲しくなってくる。