うめきちのちょっと一言

うめきちのちょっと一言

嬉しいこと、ぼやき等うめきちの勝手なひとりごとです(*⌒0⌒*)

Amebaでブログを始めよう!

 

 もう何年も更新してないな。(*⌒0⌒;A

 

 たまに、夢の事書いておこう。

 

 みんなも良く知ってる歌。

 Are you sleeping areyuosleeping

 Brother John Brother JOn?

 ・・・・・

 というの唄の古代の原本が見つかったとかいう

 専用の楽器と一緒に発掘されたというn

 その楽器とは、スマホみたいな大きさで

 笛みたいに抑える穴だか、突起だかが付いている。

 

 どうやって演奏するのか全然分からないけど、

なんとか演奏で来たみたい。

 演奏できるのは、この歌だけって、変なんだが、

再現されたのは、今一般的に聞かれるのとは違うメロディー。

 おまけに、最後の,Ding ding donn!

というのは、元々なくて別の局から持ってきたとか。

 そこが無ければ曲としてはなりたたないんだが、そこは夢。

 

 また、元々はBrotherではなく、Oldであって、

 「ジョンお爺さんが起きてこないよ」という歌だという。

 

 その発表会だか何だかに世界中から識者みたいなのが集まっていて、

そらぞれ言うには、ちょっとずつメロディーが違っている。

 それで、統一した曲を発表した方がいいかとか、いや辺に

混乱はしない方が良いとか言い合っている

 なんとも変で意味不明の夢だった。wwww

 

 

 

 

 

 

 

今日、光明寺へ行ってみた。

ここは支倉六衛門常長の墓があるというところだ。


門前にはこういう標識


うめきちのちょっと一言-光明寺門前


やっぱり、禅の寺

参道はこうなって


うめきちのちょっと一言-光明寺参道


石段中央の手すりは、歩くのには良いけれど、写真にはちと・・・

上に上って、本殿前にいったら、植え込みにニャンコがいて、

見ていたらこっちに歩いてきた。


うめきちのちょっと一言-ニャンコ1


足元を通り過ぎて歩いていくので、ついていったら、

ポーズをとって、写真を撮らせてくれた。(*⌒∀⌒*)


うめきちのちょっと一言-ニャンコ2


支倉常長の墓はこっちらしい。


うめきちのちょっと一言-案内標識


墓の前には看板。


うめきちのちょっと一言-墓の看板


「伝」となっている。

確実じゃないんだな。

それで、墓は


うめきちのちょっと一言-支倉常長の墓



木漏れ日の関係か紫になって、ちょっと神秘的。

裏を通って行けば、隣の寺に着くだろうと歩いていったら、

東昌寺に出た。

うめきちのちょっと一言

そのまた隣は青葉神社なので、行けるかな?

と思って、裏へ行く。

こんな、カヤの木もあるんだ。


うめきちのちょっと一言-マルミガヤ


更に歩き、林を通る。


うめきちのちょっと一言-林の道


これは、青葉神社の裏らしい。


うめきちのちょっと一言-青葉神社裏

直接行ける道はないようだ。

覚範寺に着いてしまった。

アジサイが咲いて


うめきちのちょっと一言-覚範寺アジサイ



おまけ

帰りの途中で、パワーヘルスの店


うめきちのちょっと一言-パワーヘルス


ずっと前は、「マイナスイオン」と言って売っていた。

科学的なことで「マイナスイオン」が引っ込んだら、

少し前は「マイナス電子」なんてなっていた。

自分たちの扱っているものが、どんなものか理解してないな、

と思っていたが、

今度は「マイナス電位」ね~。

結局は、ちゃんと理解していないと宣伝しているようなもんだな。

 





同僚と二人で階段を降りている。

前の方には二人組みと三人組が降りて行く。

しゃべりながら降り、ふと気がつくと、すでに踊り場を何回も通っている。

なにか変だ、もう出口に着いているはずだ。

前の組も、この頃に気がついたようで、様子が変だ。

あわてて、速足で降りはじめる。

ちょっと待て、ここで止まっていたらどうだろう。

いくらも待たないうちに、先に行った組が上から降りてきた。

上から来た二人組み、三人組もこちらに気がつき、足を止める。

皆で、途中の壁に注意しながら、そろそろと降りることにした。

そうすると、程なく駅のプラットホームが見えてきた。

そうだ、電車に乗ろうとして、階段を降りていたのだった。

ホームには、30~40人ほどの人たちが待っていた。

しかし、普通なら各自それぞれ関係ないとばかりに立っているのに、

みんな、何かを話し合っている。

やはり、ここでも何か様子がおかしいようだ。

と、電車が2両だけの編成でやってきた。

乗り込もうと、皆並ぶが、これもおかしなことに、各ドアに均等に並んでいる。

ドアが開き、乗り込むと、椅子に座るのも、均等だ。

走り始める。

窓の外は、特におかしなことはない。

普通の街の景色が流れていく。

どれほど走ったか、何処かの駅に着く。

しかし、ドアは開かず、誰も立ち上がらない。

どうやら、何両か追加で連結されたようだ。

やはり、同じように人々が均等に乗り込んだのだろうか。

また走り出し、窓の外は街の景色。

これは、本当の街の景色だろうか?

何回、駅に止まっただろうか。

もう、列車は100両は超えたのではないか?


どのくらい走り続けたかも分からなくなった。

ついに終着駅に着いたのか、全てのドアが開いた。

そこには、穏やかな山野が広がっている。

ここは、何処か別の世界だ。

何の疑問も持たずに、そう直感する。

数千人になった乗客がぞろぞろと降りてくる。

これから、どうなるんだろう?

続きの夢を見てみたい。
 
 


 
 















大体夢は起きたときはある程度覚えていても、

そのうちに忘れるものだけれど、何故かいつまでも気になっている。

しばらく前に見た夢で、人間の転生とかに近い概念なんだが、


 人間とは、ある条件を満たした段階で別の次元というか別世界に移行するという。

 この次元とかは、数学物理学で言うところの多次元とは別の概念となる。

 人間の魂と言うか、意識のエネルギーは物理のエネルギー保存則のように、

 質を変化させながら、こういった次元間を移行し、なくなることはないらしい。

 この移行するものは、エネルギーのようなものであり、個人の記憶等とは関係がない。

 移行の条件とは、善悪といった人間社会のモラルとはことなり、

 その世界を構成する概念での条件となる。

 条件を満たすまでは、同一世界での繰り返しとなる。

 また、各世界は全く隔てられた存在で、相互干渉はない。

 色々な宗教などで、天国や地獄と言われているものは、

 このような世界の存在を漠然と感じ、人間界のモラルを当てはめた作り物であり、

 そのようなものがある訳でもないし、生前の行ないで次が決まることはない。


大体このようなもので、このエネルギーのようなものが循環するものか、

あるいは、無限の世界を次々に移行していくものかとか、

この「移行」が生死を契機とするものかどうかも、この夢では分からない。

こういった、変な夢だったが、やっぱり色々と考えたりするから、こんな夢みるのかな?

しかし、これって、もっと詳細に体系付ければ、ひとつの宗教観になるかもしれない。

新しい宗教が作れて、教祖になれるかな?ww

人によっては、啓示を受けたとか思ったりするのかな~?(* ̄∀ ̄*)
























MS-OFFICE互換のソフトが色々あるとは、知っていたが、

以前買った、OFFICE2003をずっと使っていた。

それが、最近フリーのLibreOfficeというのを少し試したところ、

充分使えそうだな~。(* ̄0 ̄*)

あれこれ、詳細には試して見なかったが、

普通の表や文章は充分じゃないかな?

今後も、機能は充実していくんだろうし、品質も向上するんだろう。

そうすると、わざわざ高いのを買う必要は無くなりそうだな。

マイクロソフトの収入源が減るか。

 






うちのマンションの1Fに今度、NEWAYSのサテライトステーションとかなんとかいうのができた。

まだ開店はしていないが、商品を並べたり、説明会用に椅子を並べたりしている。

あれは、MLMだよな?

MLMを行おうとする人は、MLMといわゆるマルチは違うと言う?

何が違うんだ?

違う違うというのを突き詰めると、

「商品が確かなものである」本当かな?
「売り方が健全(?)である」ふうん(* ̄ ^  ̄*)

となるような気がする。

合法だというが、合法と言うよりは、「商品を売る行為は禁止できないから、

決められた制約で行う限りは許容する。」ということだろう。

商品を階層的に売ることを全面禁止すると、通常の流通にも影響しかねないし。

それを良いことに、結局は多くの人を甘言で引き込んで、破滅する人が出る。

トップの方は、まあタガの範囲で行動するんだろうが、末端じゃ、

色んな商法を同じように、強引な売りつけのようなことになるのが目に見えていないか?

係わり合いを持つ積もりは更々ないが、ごたごたが発生しなければいいんだがな~。


 









思い起こせば、去年の今頃は入院中だった。

毎日窓から白い街中を眺めていたような気がするな~。
それに比べると、今年は寒いと思いながらも、雪は少ないのかな?

1月28日に緊急入院だったが、今考えると、
あの日が、おととしの3月11日のような日だったらどうだったろう?
救急車で運んでもらえなかったかもしれない。

また、そこ等辺の小規模な診療所に行っていたら?
胆石での痛みと判断して、痛み止めだけの治療を行って、
もっと重症になっていたか、あるいは、ということもあったかな?
先に電話を掛けて、行き先を決定しておいて良かった。

どっちの場合でも、今考えるとぞっとするすらいだ。

長期間の入院になってしまったが、快復してよかった。

今年は、何事も無ければ良いけど。

 
















教員の早期退職が話題になっている。

年度末まで勤めたよりも、1月2月に辞めたほうが、

退職金が多いということで、早期に辞職する教員が出ているということだ。

このことに対して、無責任との声がある。

確かに、学期を残しての退職は、残りの教育責任を放棄したと言える。

(まぁ、3学期も、ここまで来れば、終ったとも言えるが、それは別として)

その意味では、無責任と言うのも、間違いではない。

しかし、そう非難することは、教育者は自分の生活をある程度犠牲にしても

生徒の面倒をみるべきであると、外から強制することではないだろうか?

強制する人は、その教員に対しての身分の補償にはなんら関与しない。

自分は、その損害の補償対して、指一本動かすことなく非難するだけだ。

もちろん、教職に限らず、何らかの、他に資する仕事を行うときは、

何らかの自己犠牲ということも覚悟して行うこともある。

でも、それは、他人が言うことではなく、自らの覚悟だろう。

大体、今時は、教員を尊重することも無く、こんな時ばかり聖職扱いにする。

そんなことも自分勝手な理屈だろう。

それにも増して無責任なのは、こんな時期で制度を切り替えた行政だ。

1ヶ月前にしたほうが、何億円もの節約になる?

確かに大きな金額ではあるが、教育ということを考えれば、

生徒一人当たりの将来への影響は、もっと大きいだろう。

選挙民に対して税金の使い道に気を使っているとのポーズじゃないのか?

税金を節約するほうが良いのはその通りだが、

例えば、こちらの市で、赤字の公的施設を廃止しようとして大反対にあい、

結局そのまま存続しているということもある。

その意義が赤字を上回ると市民が判断したためだ。

よく考えれば、そのほうが支持を得られるのは当たり前だ。

そういうことも考えずに事を決めてしまう、行政の質が落ちている。

そんなこんなの無責任が教員を追い詰め、

辞職する教員はバッシングし、その他の教員には自己犠牲を強いている。

ある県では、辞職した教員を非常勤の形で雇うとか、他の県では認めないとか

全く統一もとれていないし、とにかく欠陥満載だろう。

官民格差を是正しようとした意図は良いが、実施方法を間違った例だろう。

とにかく、各方面の無責任の対象になった人だけが割りを食うということだ。


 



















正月のテレビ番組で、見る気になるのは、駅伝くらいだな。
特に箱根駅伝は、2日係りで下手な番組よりドラマを見せてくれるし。
たすきリレーでも色々なシーンがある。

去年の残り0秒でのリレーっていうのは、
やはり、たすきが渡るのを確認してからピストル撃ったように見えるよな~。
それに対しては、誰も文句は言わない。(* ̄∀ ̄*)


あらためてネットで検索すると、外野では色々言ってる人もいたみたいだ。
その中には、ルールでは時間はきっちりと決まったものではなく、
運営の判断で繰り上げを行う、といいうような指摘もあった。
そうならば、なんの問題もなかったのかな?
 





テレビでアナウンサーが「クリスマスイブの朝」なって言ってた。

「クリスマスイブ」って、クリスマス前日じゃなく、

「クリスマスの夜」なんだよな~

今は意味が変わってしまって、誰も疑問に思わない。