できる男はホストだった
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お気に入りのお店がなくなる訳

筆者にレコード屋が潰れてしまったみたいだねと声をかけてくれた男性はお店の取引先がよこした集金係りだったのだろうか。お店の中にあった品物を手にしながら首を傾げていたところだったので、換金できるものがあるのか物色中の金貸しだったのかもしれない。
 個人経営のレコード屋が潰れるのは良くあることだ。自宅兼事務所で営業している彼らにとって商品が売れようが売れまいが関係ないという考えで店を開いている。もともと自分で聴くために買ってきたレコードだったものが並べられている店もある。飽きた順から売っていき収入があれば新しいものを買う。だから聴きたい音楽が無くなった時点で商品入荷が無くなり閉店ということになる

お気に入りのお店がなくなる

ある日、煙突のような階段を登っていくとぺらぺらのドアが開け放たれていた。店内を覗くと見慣れない人がレジの前にたっている、商品のほとんどが無くなっていて閑散としていた。
筆者に気が付いたその人がレコード屋は潰れてしまったようだねと話しかけてきた。追い返されるように店を後にしたが信じられなかったので後日また行ってみた。やはりドアは開いたままでカラの下駄箱が目に入った、洗面台にドクロは置かれていなかった。かつて店だったところは空っぽの空間になっていた。

お気に入りのお店がなくなる

その日はオーナー風の店員がお店に居た、こちらは誰も話しかけもしないのに一人でぶつぶつと喋っているタイプだった。外人タレントが来る段取りをしている最中で忙しいと言うようなことを一人つぶやいていた。
このお店は無名のアーティストの作品を多く扱っているところだった。精力的に活動している新人や、センスと実力が伴っていながらも認知度が低いバンド。フアンは数えるほどしかいない特殊な分野で一流とされているマニアご用達の変態バンド。いずれにしろ作品数が圧倒的に少ない商品ばかりを扱っていた。お店に置かれている商品はアーティスト自らが持ってきたものもあったようだ。ある海外アーティストは自分の手作りの作品とともに来日し店頭に並べてくれと売り込むとのことだ。事務所に所属しているわけでもなくマネージャーもいない。日本までの旅費も自分持ちだ。そこまでして来日してくるのは彼らなりに訳があるようだ。日本人は熱狂的なファンが多いというのが理由の一つだそうだ。日本のファンの多くが直接買いに来てくれる。ファンの熱意に感動し創作意欲が沸いてくるということのようだ。ところでこのアーティスト朗読している詩の内容「神はお前を許さない、俺達もおまえを許さない」などと永遠に語っている。こんな作品を作るアーティストの創作意欲をかりたてるファンの存在を想像すると普通の人なら背筋が寒くなることだろう。

お気に入りのお店がなくなる

急な階段は靴のかかとが飛び出てしまう。おまけに天井も低くて煙突を登っていくようだ。公衆便所のようなぺらぺらなドアを開けると洋書がならんだ下駄箱が目に入ってくる、隣の使われていない洗面所には赤い蝋燭が頭で溶けているドクロが置いてあった。レジを前に座っているお店のオーナーと思われる男性はいつも全身黒装束だった。流行のゴス系ミュージシャンというよりも普通のお兄さんで太目大柄だった。外見からは隠しきれない健康的な体臭をいつも発散していた。
オーナー風の店員の他にもう一人小柄な女性がレジを前に座っていることがあった。居ることすら気が付かないほど存在感がなく部屋の備品と言ってもいいくらい無機質だった。うつむいた顔を上げることもなくお客が来ても挨拶もしない。その代わり手元だけは自然に揺れていて、何かを書いているようだった。
レジの横に手作り詩集が平積みにされていた。彼女が持ち込んだ自分の商品のようだった。質の悪い紙を和閉に製本したもので手に取るだけで壊れてしまうと思われる粗末な作だった。にもかかわらず手に取っただけで1500円ですと言われる。さらに値段1500円と手書きで書かれた値札が睨みをきかせていた。
彼女に聞いてみたいことは色々とあった、しかしながら商品購入のお金を払うとき以外、話をするきっかけなどなかった。また何を聞いても帰ってくる答えはいつも「わかりません」だけだった。存在感もなく特徴もない空気のようで外からの干渉を一切断ち切った孤高の存在、それでいてお店の雰囲気を台無しにしても許されてしまう彼女はどういう女なのだろか。経営者と親密な関係でもあったのであろうか。雇用主と彼女の関係などお客にとってはどうでもいいことではある。しかし、商品やお店の雰囲気を期待して来店しているものにとって彼女がいることは非常に迷惑なことだった。

レコードを買いに

大学生になったばかりだった。特別に目的があったわけで大学生になったわけではなかった。それでは進学を希望した理由を聞かれると周囲の勧めが強かったというのが最大の理由だろう。
自分の両親は職人だった夫婦共稼ぎで自営店を切盛りしていた。朝から晩まで働いて唯一の楽しみは家族そろっての夕食と晩酌だった。両親が望んだことは自分たちが出来なかったことを実践してくれる子供になってもらいたいということと、家と職を持ち安定した家庭を築いてもらいたいということだった。どんな職業でも勤まるように学問を修めるまでは親には責任があると感じていたようだ。だから最終学歴に大学までは卒業させなくてはという覚悟があったに違いない。 
いざ本人が大学生になってみると今までとなんら変わらない日常があっただけだ。中学、高校のように制服が存在しないので、何を着ていくか考えるのが面倒だった。毎日同じ服を着るようになっていたので友人も筆者を容易に探すことが出来た。卒業するのに必要な授業単位を取続ける毎日が一年は過ぎた、なぜかその年だけは忙しかったが次年度になると急に時間をもてあますようになった。緊張感がなくなった。授業も代理出席という便利な事ができると気が付きたまにしか出席しなくなった。
ある日、学友と新宿で出会った。小田急線で新宿に行く途中に同じ車両で偶然出くわしたのだ。彼はレコードを買いに行くと言う。筆者は目的があって新宿を選んだわけではなかった。彼がこれから新宿にレコードを買いに行こうとしているということが、自分の中の漠然とした目的と摩り替わった。その日から自分は彼と一緒に見て回ったレコード店に通うようになった。
週に4回以上、新宿のレコード店を見て回るのが自分の習慣になった。貧乏学生は欲しいと思ったレコードをキャッシングしてまでも買った。手提げ鞄が一杯になるぐらい買ってきたレコードは一回ぐらい針を落とすだけでレコードの山に埋もれていった。部屋ではレコードを枕に眠った。
新宿で手に入れるレコードは世界で一枚の価値があった、当時の自分はそのよう信じていたに違いない。海賊版やプライベートレーベル、インディースレーベルに脚光があびだしたときには聴きもしないのに狂ったように買い漁っていた。

コマ劇前

大勢の人達が勝手に振舞っていた。そのくせ行政面ではいたるところにカメラを取り付けて何かを監視しているようだ。結局のところ取り締まりますという漠然とした言葉が一番効果的で、街頭から商売をしようという人達を消してしまった。おそらく大金を投じて設置したカメラの本意とするところが、簡単な発言に凝縮しているのだろう。はっきりとした目的も言わずに巨額の投資をしたが何の成果も出せなかった。さすがに情け無いので強制取締りに乗り出したようだが、歌舞伎町の仕事人は強かで目に見えるものを見せないようにしながらふだんと同じように仕事をこなしていく。行政には真実を捕まえる手立ても迫力も無い、どんなにお金をかけても知りたいことの手がかりすらつかめないのだからと歌舞伎町の住人はわらっていることだろう。
よく仕事帰りに部下を連れて立ち寄っていた屋台があった。モーゼという黒人がやっていた。オレンジ色のバンにシシカバブを調理するキッチンが付いている。モーゼは筆者が二度目に立ち寄ったときに顔を覚えていてくれて「ボス」と呼ぶようになった。彼のつくるシシカバブは食いきれないぐらいに量が多かった。筆者にだけは特別大盛りにしてくれていたようだ。彼が真っ黒な顔をしているのは仕方の無いことだが、見ているほうが暑苦しくなってくるので何度が飲み物を差し入れしたことがあった。そのたびにシシカバブが大きくなるような気がした。
著者にも事情があり歌舞伎町を離れることになった。モーゼにはそれっきりあっていない、その後なんどかオレンジのバンがコマの前に停まっているのを見かけたが、屋台の中にいるのはモーゼではない黒人だった。
今は黒人の労働者を歌舞伎町やそれ以外の地域で見かけることは多くなった。最初に来た者が後から呼ぶ者のために住む場所と仕事を準備してやっているのだろう。モーゼの屋台も自分以外の者にシシカバブを焼かせることで商売がうまく行っているに違いない。屋台のアクセサリー屋もすぐに顔ぶれが変わる。次から次とカモになる労働者がやってくるからだろう。外国人を住まわせる場所も名義だけは日本人と言う場合がほとんどだ。大家も家賃さえちゃんと払ってくれれば誰が住んでいてもいいという考えなのだろう。築20年を過ぎた木造アパートなどは不動産屋すら案内したがらない、家賃収入が見込めるのであれば誰が住んでいようとお構いなしといったことなのだろう。
歌舞伎町は日本人の労働者で成り立っている町ではない。

UKエジソン

大雨が降っていた。ズボンの裾もずぶぬれで、靴の中までみずびたしだった。もはや傘は役に立たない状況で差していることすら滑稽だった。そんな状況でも行列は続いていた。寒くもなかったし惨めでもなかった。皆、今日のお目当てを手にしようと開店前から並んでいるのだ。その光景からは熱狂的な信仰に近いものが発散されていたに違いない。思い思いのファッションからは何か共通の毒のようなものが見え隠れしていた。無言で集まっている人の目からは近寄りがたい光線が発光していたが、その場から離れてしまえば周囲を気にしてしまうほど不似合いで派手なメイキャップであることには誰もが気づいていた。
それでもUkエジソンが開店する時間まではみな自分が愛して止まないアーティスト遠藤ミチロウになりきっていた。おそらく頭の中には「おまえらのまずしさにカンパイ」などという歌詞が渦巻いているに違いない。
開門とともになだれ込む事もなく、けだるそうに店内に吸い込まれていく少年少女たちの気持ちは駆け込みたいほどドキドキしていたに違いない。しかし、心を支配している遠藤ミチロウがそれをさせなかったのだろう。「ここまで出終了です」エジソンスタッフがある少年の前で在庫分の整理券を回収した。目の前で締め切られた少年の悔しそうな表情は厚いメイキャップで読み取れなかったが人生で初めて味わう悔しさだったろうと思う。
しかしながら心の師と仰ぐスターリンの歌詞は常に惨めさと悲しさをうたう、噛み締める悔しさは冷蔵庫の臓物と一緒にしまいこまれるのがオチだと思いながら彼は満足していたに違いない。そしてミチロウは歌う「実践できて楽しいかい?」
雨の日に5000円で買った、中古版ザ・スターリンのファーストアルバム「TRASH」は現在では入手困難。限りなく購入不可能な商品になっている、ブートのCDですら数万円の闇値が付いている。

ゴールデン街

新宿ゴールデン街の名前は三島由紀夫、澁澤龍彦の名前と一緒に本の世界にあった。新宿を舞台にした寺山修司の映画は何度見ても画面が揺れていて気持ち悪くなったし、吹き溜まりのような場所が写っていた、それでも皆がそこに行けば大人になれるような幻想が漂っていて子供ながらに近づいては穢れてしまう場所であるという印象を受けていた。
まさか自分が恐れていた場所で仕事をするようになるとは思っても見なかった。職場として新宿や歌舞伎町を捉えていたのだが、個人的にもよく利用した。買い物や食事、地元でお金をばら撒くよりも清々した。新宿にあるというだけで価値を感じたものだった。
歌舞伎町も探せば美味しい料理を出してくれる所も多いし、色んなものが混在しているところが町をよく知る人以外の立ち入りを禁止しているみたいで、会員制の町の気分に浸っていたところもあった。
歌舞伎町はよく知っているつもりだった。酔っ払ってふらふら歩いても安全な気持ちになっていた。いつもの通りでいつもの店が並ぶ中、自分は恐れながらも心の師と崇拝していたゴールデン街に足をむけてしまった。何を飲んでよっていたのか解らないまま、座ったカウンターは何処を触れても年月が染み出しているようだったし、常連の気配がこびりついていた。お客は自分と連れのもう一人だけだった。なぜこんなところに来たかと言ったら、単純に連れにいいところを見せようとしていただけだったようだ。
何一つ今に至るまで読みふけってきた作家の名前も出なかった。生き字引のような店主と交わす会話もなかった。何分くらい座っていたのか自分は居眠りをしてしまっていたようだ。ビールが二本とつまみ一品、二人で2万円とられたことに後で気が付いた。

新宿ロフト

20年ほど昔、学生時代の友人たちと手に入れたばかりのフロンテで新宿を目指した。246号線も三宿を過ぎ道路が立体交差になると、始めて来たにもかかわらず新宿が間近だろうと感じだ。お滝橋通りにまだ新宿ロフトがありその隣の更地で立ちションベンをした。いざロフトに行こうと思って階段を下りるともう閉店だよとスタッフに追い返された。そもそも、新宿を目指したのはARBが好きな仲間でなぜか突発的に出た話題だった。当時熱狂的なARBファンの九州男児はこの企画に足が震えて参加できなかった。そのぐらいARBと新宿は関係の深い地域で四六時中ARBの歌を聞いているファンにとっては新宿に行くと聞いただけで人生最大のイベントになってしまうのだ。歌の歌詞のように新宿ロフトで飲み明かすことはいきなり出来なかった。それではとロフト近辺の情報を突き止めていたTがARBの事務所に行こうと言い出した。勿論皆はARBのスタッフに会える心底思っていたが、事務所の場所を確認しただけで終わった。企画が貧弱でその後の行動が伴わなかった。自分たちのイベントは終わってしまった。その後ありきたりの金の無い学生に戻った自分たちはお滝橋の公園に行き缶コーヒーをのんだ。何をするかと皆が一様に考えていたことを口にしたのは自分だった。皆もそれなりに何か考えていたところだったろうが、新宿をうろつくことには賛成してくれた。平日の新宿など今でも活気は無い、いまでこそひっそりと深夜居酒屋やしゃれたバーなどがあるが当時は風営法のあおりでお店はどこも閉まっていた。ポルノ映画館に学生がぞろぞろと入っていったが何か気分が悪くなってすぐ出てきた。自分たちは夜が明ける前に学生寮に帰って昼まで寝た。

無機質ななかにも人情あり

歌舞伎町という街を職場にしている方々はたくさんいる。表向きには歓楽街といっていても沢山の労働者に支えられて街が成り立っている。無論、訪れる人を楽しませるために迎え入れる方たちは工夫し遊びの達人を装いはするが自らは遊べないのである。

また乱痴気騒ぎのお供をすることが実際の仕事でもありお客さんの送り迎えが終わった後は寂しい後片付けが残っている。そんな働く人達を癒すのも歌舞伎町の役割である。

特に歌舞伎町での営業業者専用ではないが皆からよく利用されるお店は多数ある。以前にも書いた「まっちゃんの屋台」もそういった癒しの場所だった。雑居ビルが商業の中心になる歌舞伎町ではさまざまなお店が雑居ビル内に店を構える。したがって癒しの空間もビルの外からはその存在すら気が付かない。また概観の不気味さと店内のアットホームさのギャップが都会のオアシスという表現にぴったりと当てはまる。某リービル内の健身○も筆者が訪れることの出来た都会のオアシスだ。
このようなお店には自分の心に秘めておきたい取って置きの場所のような価値観が芽生える。たとえそれが有名店になって誰でも知る存在になったとしても再び訪れたときは所々残る思い出に再会し感傷に浸れることだろう。歌舞伎町には一人でも入っていける自分だけの魅力的なお店も多いのだ。