日野弘平は盛岡学園の特別養護室に搬送された。養護教員兼校内医の鈴木淳子が処置を施した。
昼休み、夏子が日野に話を聞く。
「今朝、なにがあったの?」
「…ただの喧嘩だよ」
日野がただの喧嘩だとはぐらかすと、夏子はこういった。
「嘘を言わないで!」
日野はびびった。
「ウチの生徒が目撃者よ。昨夜、盛岡学園の農場を荒らそうとした不届きものがいるって」
「そ、そんな」
そこへ国分繁治が現れた。
「僕を忘れたのかい?」
日野は繁治を見てさらに震えた。間違いない、彼に自分たちの顔を見られている。日野はさかんに謝っていた。
「ごめんなさい、悪気はないんです。ただ義賊の真似がしたかっただけで」
繁治は冷たくこういった。
「義賊なんて格好いい真似はするなよ。ま、僕がいたから窃盗の現行犯にならずに済んでよかった」
「そうよ、何のために義賊とかしたいと思ったの?」
日野は義賊グループの話を始める。
「彼らは、この国を憂うネット強行部隊と称しています」
「いわゆるサイバーテロとかの団体だけど、それがなぜ?」
日野は涙を流していた。
「現実を変えるには行動しかない、だからネットに頼りすぎるなって…」
「それがこんなことに」
「いったい野菜を盗んでどうしようとしたの?」
「当たり前のことだ」
しかし夏子も繁治も日野が当たり前だということをわからなかった。
「なにが当たり前なの?」
「ただで野菜を食える喜びだよ」
日野の言葉で繁治は衝撃を受けた。確かに盛岡学園の野菜類は売り物じゃない。しかし生徒たちが手塩に掛けて育てたものである。
「…その喜びを、あなたたちは生徒たちから奪おうとしたのね」
夏子に問い詰められた日野はまた泣いた。
午後の授業で俊彦は2年A組にいた。お題は「修身的日本人観」。
まず俊彦は明治時代の修身について説明する。それは学校で欧米視点の倫理観を押し付けたことに始まり、欧米への理解力がなかった当時の日本人には受け入れられなかったことについて。
「上から目線で子供を見ちゃいけない、Jリーグの立場で盛岡ゼブラを語ってはならない。屁理屈だがそういったもんだ」
そこで阿部さくらが手を上げた。
「はい、さくらちゃん」
「あの、欧米の価値観を押し付けたってのは?」
俊彦は説明する。
「具体的に言うと、当時の倫理教育は欧米からの倫理書の翻訳ばかりだった。しかし当時の日本の未成年者にはわからなかった」
続いて欧米化に危機感を抱いた憂国論者の出現と、本格的な修身の発足。
「欧米化していく日本を憂い、道徳教育の基礎を確立せんと努力したのが天皇陛下におつかえした人たちだ」
その中で教育指針としての「教学聖旨」が誕生する。これを急進的な維新を修正し、儒教の価値観を押し付ける内容だと伊藤博文が反対した。
「どうして反対したと思いますか?」
俊彦が生徒たちに伊藤博文が教学聖旨になぜ反対したかたずねる。
「はい」
今度は優穂が手を上げ、自分の見解を述べた。
「伊藤さんは海を渡って世界を見てきた人だから、精神的な鎖国に反対したんじゃないですか?」
俊彦は優穂の見解に納得した。精神的な鎖国、それも考えられる。
いよいよ修身が教育の第一になるときがきた。そのときだった。
「横田です。原さん、3Bの菊池、星野、2Aの阿部、鈴沖。以上至急職員室へ」
俊彦は悔しかった。せっかくいいところで夏子の呼び出しを喰らったのだ。
「はいはいはい、行きますよ。あとみんな自習…」
するとそこに柏原晋が登場、俊彦の代わりを任せてほしいといった。
「はい、喜んで」
「修身教育とか、日本人論…わかりました。でもわたしのほうがこういったことは達人ですから」
俊彦は柏原のいやみな言葉を受け止め、すぐさま職員室へ。しかし俊彦はどうも気になった。
「3Bの星野…あいつ、さりがスカウトしたのかな」
職員室で俊彦は夏子に話を聞く。
「なんで星野が」
星野樹里が俊彦に会釈する。
「よろしくお願いします」
しかしハングタンのことは秘密だったはずだ。それをさりがまさかしゃべってないだろうか?
「さり、お前…」
俊彦に指を刺されたさりだったが、なにも言わない。それどころか樹里が俊彦にいいがかりだと反発した。
「さりちゃんはなにも…ただ朝に手伝っただけだから」
「ほぉ」
そこで、夏子は特別養護室の日野を生徒たちに会わせることにした。
「日野さんの顔を見れば、なにかわかるかも」
「僕もなにか調べないとな」
夏子たちは特別養護室にやってきた。日野は淳子と繁治が看ていた。
「こんにちわ~」
「あら、みんな。どうしたの?」
俊彦が淳子に日野の顔を見せたいから来たと、恥ずかしそうにいった。
「日野さんの顔をみんなに見せようと」
「あらあら、なにがあったの」
繁治が日野にたずねる。
「大丈夫ですか?」
すると俊彦がふざけたか、こんなことをいった。
「日野よ~めざ~めよ~」
日野はその声に飛び起きた。
「は、ここは…」
するとさりと優穂は日野の顔を見て
「間違いないわね」
さらに樹里は日野の仲間が逃げていくのを追いかけたことを思い出した。
「確かりんごの看板を2人」
樹里の証言を聞いた俊彦は、繁治にも農園荒らしの件をたずねる。
「シゲ、農園に入ったのは何人だ」
「確か5人…あと外にひとりいたな」
俊彦は日野の顔を繁治に見せる。すると繁治はあることを思い出した。
「5人のうち2人は「たかお」と「ゆうじ」です」
「なるほど」
「日野は外にいました。なんだか消極的で」
夏子も話の輪に加わる。
「いわゆる草食系とか」
俊彦は憮然とした。俊彦もそうなのか?
「でも5人がしたことは立派な罪よね。それを嫌ってわざと…」
「罪を逃れようとしたのかしら」
夏子は生徒たちを連れて養護室をあとにした。
その夕暮れ時だった。開運橋の下で男性の変死体が発見された。それは樹里が見た男だった。
それを知った俊彦は携帯電話で樹里に連絡した。
「星野、お前が見たっていう男が殺されたらしい」
「えっ?」
(つづく)