とうとう岩手の短い夏の始まりだ。原俊彦は清水町にある自室兼オフィスで歌を歌いながらプランター作業をしていた。
歌と言うか、「赤かぶ検事奮戦記」のメインテーマであるが。
俊彦が赤かぶ検事を知ったのは元祖のフランキー堺版ではない。岩手に朝日放送のドラマが流れ始めたのは彼が他界した直後の1996年秋だったから、土曜ワイド劇場の橋爪功版だったことになる。
そもそも赤かぶ検事というのは岐阜県高山市に暮らすたたき上げの検事・柊茂が主人公で、赤かぶ漬けが大好物だからそう呼ばれたのである。
そしてその飛騨の赤かぶは今が種まきの季節である。
「ちゅんちゅん、ちゅちゅちゅちゅ~」
楽しそうに土いじりをしている俊彦。
「はい、お水」
高橋弥生が水を持ってきた。俊彦は糖度3~5%の水をこまめに摂取することで熱中症対策をしている。だからてっきり俊彦は弥生が自分にあげるものと勘違い。
「あ、ありがとう」
「ちょっと」
弥生が俊彦を制止させた。俊彦はすぐに状況を理解し、コップの水をプランターに流し込んだ。
「これで少しかきならせば…」
そう言って俊彦がフォークを取り出し、プランターの地面をならしていく。
弥生も「楽しそう」と手伝うことになった。しかし弥生のならし方は少し雑だった。そこで俊彦は熊手で深く耕した。
「赤かぶちゃんだから、そんなに深くなくてもいいよ」
「はぁい」
そして俊彦は赤かぶの種を丁寧に蒔いていった。これが双葉になったら間引きをして、間引いた葉っぱは「つまみ菜」にする。そして目標は岩手でおいしい赤かぶ漬けをつくることだと心に決めたのだ。
「神様仏様、フランキー堺様。どうかおいしい赤かぶができますように…」
俊彦はしょうもないセルフお祓いでプランターに祈りをこめた。
(Fin)