帷子は盛岡に戻るやいなや、自宅に帰ってここまでのことを整理した。
「ひとつ、これまでの事件を振り返るべきだな」
まずは帷子が栞を連れて東京から盛岡へ戻ってきたときのことだ。そこで上村真に初めて会ったことになる。
「あの時1時間上村には時間があった」
1時間の間に上村は今井を殺すことができた。そして上村は北上川の河川敷に降りるところを目撃されていた。
「それからだ。その新幹線に乗っただろう高橋、原、織田が…」
高橋は八戸で新幹線を降りた。
「その時原が同乗したか、それとも盛岡で降りたか…」
原は三沢の生まれだ。と言う事は八戸まで行く理由はある。だがそれをわかっているからこそ原が宮古に先乗りしたとも考えられる。
「これで原章弘は今井を殺し、高橋幸一は菅原を殺せばいい。しかし八戸からどう向かったのか」
八戸から乗り換えるなら、JR八戸線で久慈へ、その後三陸鉄道北リアス線に乗って田老で降りれば犯行は可能だ。
だとすれば、なぜ高橋と原は上村に罪をかぶせなければならないのか?
「そうだ、高橋と上村は高校の同級生。あるいは高橋には上村へのコンプレックスがあったのかもしれない」
そしてその後の事件は東京の事件を知る人間、あるいは高橋と原の派遣先でのゴタゴタが原因ではないか。それが菅原と織田だった。
「これからどうすべきだ。上村真のことについて詳しく聞いたほうがいいな」
ではなぜ栞が浄土ヶ浜で襲われたのか。それだけは帷子にもその答えは見つけられなかった。
「明日上村真のふるさとへ行く」
帷子はそう言って栞と瑞穂とともに田老へ向かうことになった。
そのとき宮古署から電話があった。西村が奥浄土ヶ浜で死体となって発見されたのだ。
「何だって?じゃあまずそっちからだ」
翌朝、帷子は奥浄土ヶ浜の剛台にいた。西村は仰向けになって倒れていた。
「どうやら絞殺、あるいは扼殺のようですね。首筋に跡が残ってます」
すると松田が帷子に報告してきた。
「横森を連れてきました」
捜査員たちが横森を連れてきた。横森は西村に間違いないと言ってその場を立ち去った。
「どうなってるんだ?」
帷子は原と高橋の行方を追うよう捜査員たちに指示。
原と高橋はその頃田野畑駅近くを散策中だった。
「しかし冷や冷やしたぜ」
原は昨日織田が死んだことを思い出していた。
「でも、やらなくちゃこっちが生き残れないんだ。ゲームオーバーになったらリプレイはできないんだよ」
高橋が海を見ながらこう言った。
「しかし警察が」
「大丈夫、すべて計算通りさ」
「本当か」
原には自信があった。織田の父と横森の関係は原が一番よく知っていたからだ。
織田真一は横森に便宜を図っていた。そのことを平田早苗は知ってしまった。だから織田真一は退職した原に平田の口を封じるように命じたのだ。
そして原と高橋は行動に出た。平田をバイクではね、それから転落死に見せかけた。しかしそれを菅原修次に見られた。
高橋が菅原に脅され、ワイズコーポレーションを辞めたのは数日後だった。それを不審に思い、横森は西村を雇った。
菅原と織田満、そして西村の殺害は1本の線でつながる。しかし高橋に八戸にいたアリバイがある以上、原は自分の単独犯と言えば済むと主張した。
「俺が警察へ行くよ」
そのとき、岩を砕く怒涛のように高橋の心に衝撃が走った。
「…警察?」
宮古市内のホテルで横森は帷子に西村の話をしていた。
「西村さんは、ワイズコーポレーションの信用調査を担当されていたとか」
帷子の問いに横森はこくりとあごを引くようにうなづいた。
「彼に高橋を探らせようと、そして高橋の郷里であるこの宮古に来たとたん」
横森は泣いた。西村はやはり高橋に殺されたのだろうか。帷子は考えた。
「織田真一は元農水官僚、そして上村真は父親のことで官僚の道を捨てた」
もし上村が今井を殺したとしても、織田の息子を殺せるはずはない。これは高橋が上村に罪を着せるために原を使ってアリバイ工作をしたのではないか。
しかし高橋のアリバイは正午に八戸駅で目撃されたことだけである。果たしてそれだけでアリバイになるのだろうか?そこで帷子は俊彦に連絡、正午に八戸にいて、宮古から来る上村に接触できるか確認して欲しいと頼んだ。
「わかりました」
俊彦はそこで栞と瑞穂を宮古から田老まで列車に乗るように言った。指定したのは15時に宮古を出る北リアス線久慈行き。
「確か上村真は106急行バスを利用した。そこで接続の三陸鉄道を調べたんだ」
俊彦の狙いは上村と高橋が同じ時間に田老駅を降りたと言うことを確認しようというものだった。それを聞いて帷子は了承した。さっそく栞の携帯に連絡しようとした矢先、稲尾から連絡が入る。
「はい、帷子」
「旅さんか。実は警視庁から平田早苗の死体の件、それともうひとつ」
「何だって?」
「そうなんだ、上村誠司が織田に脅されていた。しかし上村は事件の渦中病に倒れた。そこで目をかけられたのが高橋幸春…幸せな春と書いて幸春だ」
稲尾から高橋幸春の話を聞いて、帷子は高橋幸春の詳細を調べようとした。
「調べてきます」
「おい、わたしがそんなことを知らないとでも?」
「えっ」
「高橋幸春のかぶった罪は、本当は上村誠司の罪だった。織田との収賄のことで上村は詰問され、そのため心筋梗塞で亡くなった」
そして帷子は高橋幸春が高橋幸一の父親だったと知った。これで織田と上村、高橋がつながった。さらに横森が織田と結託していたとなると、横森にも高橋の凶刃が及ぶとも考えられる。横森が雇った探偵の西村が死んだのも、高橋が東京での事件と2年前の汚職について横森が嗅ぎつけたと思ったからだろう。
「…横森さん」
帷子は横森を見つめていた。
横森は高橋が突然会社を辞めた日を思い出していた。
高橋はその日、横森に辞表を提出した。それを見た横森は驚いた。
「どういうつもりだ」
「一身上の理由、けじめをつけたいんです」
そして高橋は会釈して社長室を後にした。
「ありがとうございました」
辞表には高橋の言葉通り、けじめをつけたいと言うことが書かれていたが、どうも腑に落ちない文が横森にはあったようだ。
「横森社長のことは嫌いではありません、ただひとつわたしは思うところがあり…」
横森はそれを2年前の汚職事件に関係したことではないかと考えていた。そして織田真一に連絡、さらに念を押す意味で探偵の西村を雇った。
帷子は改めて栞の携帯に連絡。そして栞と瑞穂は宮古駅に急いだ。もう出発の時刻だった。
「何とか間に合ってくれ~」
何とか間に合った栞と瑞穂は、指示通り田老で降りた。そして俊彦が到着するのをホームで待った。
「さて、ここで」
瑞穂が腕時計を眺め、宮古行きが来たことを確認。
「来たっ」
「俊彦さん」
俊彦はホームに栞と瑞穂がいることを確認した。栞は手を振っていた。
「俊彦さん、こっちこっち」
俊彦がホームに降り立ったとき、何かをひらめいた。
「これは…」
そして俊彦は前日聞いていた小唄寿司の厚紙の話を思い出した。これが高橋の食べた小唄寿司なら、田老駅に降りた重要な証拠である。
「高橋幸一がもしもここで降り、待合室で小唄寿司を食べていたとしたら?」
俊彦の推理は上村と高橋のすれ違いがトリックだということだ。上村は気づかなくても、高橋はわかっていたはず。高橋は次の列車が来る16時44分までに弁当を食べればいい。そしてその電車は久慈行きだ。
「と言う事は?念のため三陸鉄道関係者に話を聞くよう、親父さんに電話だ」
瑞穂が帷子に電話した。
「あ、お父さん。アリバイは崩れたわ」
「えっ、どう言う事だ」
俊彦がアリバイトリックの説明をする。
「つまり16時44分久慈行きじゃなく、15時28分宮古行きだったと言うわけか。なるほど」
「あの日の勤務シフトから、運転手さんわかりますか?お願いします」
俊彦はそう言って携帯の電源を切った。
一方、平井賀の駐在である細川利広が弁天崎の付近で見慣れない二人組を見た。だが細川は釣り客だと思って見過ごしてしまった。
「なぁすて、あすこさいるんだかね」
そこでふざけ合っていたのは高橋と原だった。
「幸一、お前」
「お前こそやめてくれよ」
そうやって海水を掛け合っていた。細川は念のため下閉伊署に連絡した。
「あ、田野畑の細川です」
「どうしました」
細川に気づいた原は驚いて逃げる。警察がとうとう自分たちに気づいたのだ。
「幸一、逃げろ!」
原は北山崎のほうへ逃亡した。