旅刑事・北リアス線トリックの巻⑤ | ザ・ハングタン+

ザ・ハングタン+

「ザ・ハングタン」とは法で裁けぬ盛岡の鬼を退治する乙女たち。
この物語はそんな乙女たちの戦いのドラマである。
(現在「いわてマル秘指令ザ・新選組」アーカイブも公開中)

コメント・ペタ・読者&アメンバー登録はお気軽にどうぞ。

浄土ヶ浜ホテルで帷子は俊彦と話をした。
「旅さんが僕に話なんて」
「ああ、捜査情報なんて本当は口外しちゃいけないんだが」
帷子は俊彦に耳打ちした。
「原章弘は生きているって?」
「そうだ。だからもう一度ここに来たわけだが」
「と言っても、別に怪しい人がいると言うわけじゃないですけど」
俊彦はロビーをキョロキョロ見渡した。すると帷子が現れた男を見ながら説明する。
「ああ、怪しいのは二人。実はあの横森昭夫と…」
そしてもう一人がロビーに現れた。
「西村真一、実は横森が雇った探偵だ」
「ふぅん」
西村は葉巻をポケットナイフで切り、ライターで断面を焦がさないように回していた。
「しかしあの男、横森をクライアントにするなんてよほどのことじゃないの?」
「そのことは今調査中だ」

岩手県警では小林が横森の話を聞いて資料室へ。しかし横森と西村についての資料は岩手にはない。
「こうなると東京で横森昭夫について聞くしかないぞ」
そして小林は東京の本庁へ電話した。

数分後、稲尾が帷子に連絡した。
「旅さん、どうやら横森昭夫は高橋幸一と言う若者の素性調査を依頼してきたようだ」
「高橋…誰ですか、その人は」
稲尾の説明によると、横森が西村に依頼してきたのは数日前。高橋が突然派遣会社を辞めることになったことが原因のようだ。
「派遣切りならともかく、依願退職となると」
「そうだ。そして高橋幸一は宮古生まれだ」
「何?となると…」
帷子はまた考えた。そして俊彦は東京のその筋に電話した。
「あ、大石さん。原です」
「何だ、話ってのは」
大石斉は俊彦が東京にいた頃懇意にしていた事件記者、ルポライターだ。
「派遣切りの犯罪で、岩手県出身者が絡んだと思われる事件はありませんか?」
「さぁ…」
「横森昭夫さんの会社だけでいいんですが」
大石はそれを聞いてすぐに調べると言った。
「わかったらすぐ電話する。君の携帯でいいんだね」
「お願いします」
この夜はこれで終わった。そして翌朝、俊彦の携帯に大石からの連絡が入った。
「ワイズコーポレーションについて調べていたが、そこの社員がひとり辞めたらしい」
「えっ?」
「江東区の菊川と言うところでひき逃げ事件が発生した。その翌日、岩手県出身者がワイズコーポレーションを退社している」
「その人の詳細を教えてください」
「…高橋幸一、29歳」
「その高橋さんというのは」
大石の答えは稲尾が帷子に説明したことと同じだった。さらに
「横森社長は高橋は良く働く人だったのに、何がいけなかったのかと嘆いていた。そこで興信所に高橋の調査を依頼してきた」
俊彦はうなづいていた。

その頃帷子は高橋幸一の実家を訪ねていた。実家があるのは鍬ヶ崎、宮古港に面した街である。
表札には高橋ヤス子とあった。これが高橋の母親だろう。帷子は呼び鈴を鳴らした。
「高橋さん、高橋さん」
しかし誰も出ていなかった。この時間は朝の仕入れなどで外出していたのだ。ということは高橋は実家に戻っていないことになる。

一方、大石はさらに興味深い話を俊彦にしていた。
「それから、上村真と今井武志は元は農林水産省の同僚だった」
「同僚?」
「2年前までだな。2年前の官僚と岩手県の県職員、市会議員の汚職に連座して上村は辞めている」
俊彦は驚いた。2年前に上村が農水官僚を辞した理由は父の死だけではなかったのだ。
「2年前?」
「実はその事件のことで上村の父も疑われたが、直前心筋梗塞で死亡。享年56歳とある」
俊彦はそれがわかったので大石に礼を言い、会話を終えた。そして栞を連れて宮古市内へ向かった。
「俊彦さん、どこへ連れて行くの?」
「宮古の街中でいい店を知ってるんだ」

帷子がしばらく高橋の実家周辺を歩いていると、眼鏡をかけた30近い男が向かってきた。
「久しぶりの岩手も寒いもんだね」
そう言ってきた男、彼が高橋だった。
「ん?」
高橋は帷子に見られるのがいやだった。あわてて逃げようとすると、帷子は呼び止めた。
「待てっ」
帷子は高橋を追った。
「高橋幸一さんですね、話があります」
高橋は浮きに躓いた。それを見て帷子は高橋の手を取った。
「警察です、少し話しましょう」
高橋は観念した。
「わかりました、お話しましょう」

その頃宮古警察署では上村の取調べが再開された。上村と今井の接点を松田が指摘、すると上村は泣き出してしまった。
「親父の敵討ちなんてお門違いですよ」
「えっ?」
「今井さんは2年前僕が辞めるなんて言うと、気前良く退職金出してくれました。それなのに」
上村が泣いているのをほっとけない。しかしもっとも怪しい容疑者である。松田は机を叩いた。
「そんなこと、2年も経てば忘れるだろ」
帷子は高橋を1階のソファーに座らせた。
「霊安室の死体に心当たりはあるか?」
「まぁ、でも…」
「見に行きましょう、まずはそれからです」
そして霊安室、高橋は死体を見て驚いた。
「菅原さん!」
帷子は高橋に尋ねる。菅原とはいったい誰なのか。
「菅原と言うのは誰だ、誰なんだ!」
しかし高橋は菅原のことを口に出さなかった。なぜだ。帷子の脳裏に疑問がひとつ生まれた。
「菅原と言うのは友人ですか?」
「…」
高橋は口をつぐむばかりだった。そこへ上村を連れた松田が現れた。そのとき高橋は上村に言う。
「おめぇ」
上村は高橋に会うのを拒んだ。そりゃそうだ、今は容疑者の身分である。松田は上村を留置した。
「菅原って知らねぇか」
それを聞いて帷子は改めて菅原のことを聞く。
「ああ、こうなったら言うよ。菅原修次、28歳だ」
「なぜそれを」
「あいつだ、あいつが俺と章弘を」
帷子は高橋と原、そして菅原の関係を聞くことにした。

俊彦と栞は宮古市内のラーメン屋で昼食をとっていた。宮古のラーメンと言うのはよくある醤油ラーメンであるが、煮干だしスープなので飲み干せる。麺は縮れた中平麺だが、煮干スープのおかげで鈍重な印象はない。
「うまいだろ」
「うん」
栞はこんなラーメンを食べられて幸せだろうなと思った。
「こんにちは」
帷子が店にやってきた。
「あっ」
栞は黙々とラーメンを食べていた。
「栞、どうしたんだ」
「俊彦さんとお勉強」
俊彦はラーメンスープを飲んでいたが、吹いてしまう。
「あらあら」
気を取り直して俊彦は帷子に聞く。
「何かあったの?」
「あの三王岩の死体の身元がわかったよ」
帷子はメモを見た。
「菅原修次、28歳。いわゆる夜勤労働者だ」
「夜勤ですか」
俊彦は帷子が菅原が夜勤と聞いて大石の言ったことを思い出した。
「夜勤と言うことは、もしかして…」
「何よ」
「あ、夜勤となるとおそらくあの時間に起きていると考えられます。それがもしつながったら」
帷子は俊彦に説明を求めた。
「あの時間?」
「1週間ほど前です。東京都江東区の路上で平田早苗というパートの女性が事故死しました」
俊彦はそれから栞が箸に巻いた麺を貪り食った。
「それで、今回の事とつながりそうな点は?」
俊彦が説明を続けた。
「それがひき逃げだと言うことはわかったんですが、死に方が不審で警察も手を焼いているそうです」
「ほぉ、さすがだな」
「しかも警察の捜査でバイクの持ち主が原章弘だとわかったんです」
それを聞いた帷子は眉をひそめた。まさか思わぬ形で東京の事件とつながってしまった。
「わかった。小林さんにもそれは伝えておく」
そう言って帷子はラーメンのスープを残して店を出た。
「僕が何かいいことしたみたい」
俊彦は笑みを浮かべ、ついにラーメンを完食した。