松岡仁史が着いたのは本町通から北に向かう油町だった。ここに松岡の所属する組織のアジトがあった。
「ここは?」
俊彦は松岡が古民家の中に入るのを目撃した。俊彦が表札を確認するとそこは「渡辺」とあった。しかし俊彦は怪しいと思い中へ入る。
「失礼します」
そう言って俊彦が入ると、夫人が現れた。俊彦は夫人にこう尋ねた。
「あの、先ほどの若い男は…」
すると夫人はこう答えた。
「若い男…ああ、その人でしたら裏口へ」
それを聞いた俊彦はショックだった。やられた。
「裏口へ、そのまま逃げたんですか?」
俊彦は執拗に夫人を問い詰めた。
「は、はい。でも…」
「でも?」
夫人は松岡が走り去るときのことを思い出していた。
「携帯電話で岩村さんとか」
「何っ?岩村さんですか」
岩村と聞いて俊彦は少し心が揺らいだ。しかし松岡につながる手がかりを得たので、俊彦は夫人に礼を言ってその場を立ち去った。
「ありがとうございました」
さて、松岡は渡辺家の裏口を出てから寺町へ抜けた。それからスーパーマーケットを出て、俊彦がいないのを確認、本当のアジトに入ることが出来た。
そこは渡辺家の斜向かいにある小林工務店の所有するビルだった。その3階のテナントとして岩村たちが借りているのだ。
俊彦は尾行に失敗したことで機嫌を損ねていた。そこで夏子とすれ違い、何かを言った。
「おい、てめぇ」
俊彦は夏子に酔ったふりをしながら絡んでいく。
「ちょっと!何するのよ」
夏子は俊彦を振りほどく。
「あはは」
のんきな俊彦に夏子はこう言った。
「あんた、どっかおかしいんじゃないの?」
俊彦は我に帰った。
「先生!」
俊彦は夏子に謝ると、栞たちのことを聞く。
「どうしてわたしにそんなこと聞くの?」
俊彦は一呼吸置いてこう言った。
「…念のため」
俊彦は夜空を見上げた。星がきれいだと言いたいところだが、星に見えるのは実はほとんどが人工衛星だ。気象衛星、通信衛星、そしてミサイル発射の軍事衛星まで、衛星は多様化している。
「栞たちから、何か小野理事の情報は?」
「あ、それで話をしようと思ってたの」
夏子は俊彦に栞たちがつかんだ情報を話しに行くところだった。そこに偶然通りかかったのだから、手間が省けたと言うものだ。
「ここでいいでしょ?」
夏子が誘うが、俊彦は意固地なのか一歩も動かない。そればかりかバーで飲みたいと言い出す。
「僕ちゃん、チェーン店の居酒屋は苦手なの」
「もぉ、まったくぅ。俊彦君も内気なのね」
夏子が俊彦の腕をつかんでふらりとどこかへ行った。
夏子は俊彦をなじみのピアノバーへ連れて行く。
「ここならいいでしょ?」
夏子の薦める店ならOKだ。俊彦は首を縦に何度も振ってうなづいた。
「ちょっと飲みますか」
俊彦はウイスキーを注文した。
「ハーフで」
俊彦はスコッチの水割りを注文した。
「ほぉ、ウイスキーも飲むの」
夏子は感心した。ここで俊彦は本題を切り出した。
「ところであいつら何かつかんだらしいが」
夏子が説明する。
「小野さん、裏でかなりあくどい事をしてたわ。覚せい剤じゃないからってあの白い粉をやせ薬と称して売ってるみたいなの」
それを聞いた俊彦は驚いた。
「それって」
「そう、奥山さんと生物の池谷先生よ」
俊彦は納得した。
「これでつながった」
「何が?」
ちょうどウイスキーの水割りが入ったグラスが俊彦の前に置かれた。
「どうぞ」
バーテンの前で俊彦は指を入れてかき回し、一口飲んでみた。
「これにスティックシュガーとミントがあれば、ルイビルの空が思い浮かぶけどね」
俊彦が意味不明な台詞ばかり言うので、夏子は俊彦に近づいて一喝した。
「どうしてまじめに聞かないの?」
夏子に言い寄られてはかなわない。俊彦は奥山の持っていたあぶり出しの裏帳簿の件について説明する。
「あのあぶり出しの帳簿の中に建設会社の名前もあったよな」
「うん、確かに」
俊彦は酒をもう一口飲んでから説明を続けた。
「どうやら小林工務店があの受注を請け負うみたいだったが…」
それを口にしたところで、俊彦は渡辺家を出たときの事を思い出した。
(…そうだ、小林工務店は斜向かいの白いビルじゃないか)
「もう一度寺町に向かう、あの子たちにはそう伝えて欲しい。それに奥山と池谷から事情を聞いておくように」
俊彦は夏子に出来ることを任せ、小野と岩村たちを一網打尽にする賭けに出た。水割りの最後の一口を飲むときの形相は、まるで赤穂浪士の水盃のような様だった。
「と、俊彦君」
夏子が俊彦を止めようとするが、俊彦は水割り代とチャージを払って外へ出た。
俊彦が小林工務店ビルに到着したのは午前1時だった。いくら何でも寒すぎる。
「弱った、今は3階も消灯時間か…」
俊彦は朝になるまで待つしかなかった。
翌朝6時、夏子は大谷に電話していた。
「スティングはO地点待機、これより全員そちらへ向かいます」
「了解」
夏子は生徒たちを連れて盛岡学園に向かった。