石井晃一は放課後厨川駅の裏手の秘密基地に姿を見せた。
「よぉ」
中には数人の男女がいた。しかも一人は法律違反である缶入り酒を右手に持っていた。酒というのは所謂新ジャンルとうたわれる偽ビールである。
「遅いぞ」
晃一に文句を言うのは江田聡、19歳。盛岡学園を卒業したものの受験に失敗、浪人の身分でこんなうらぶれた地下社会に生活するようになった。
「すいません」
江田は晃一にこうも言った。
「できれば僕のようになって欲しくない、だから自分よりできないと思われる子は徹底的に憎むべきだ」
江田は晃一に目をかけていた。だから晃一も先輩である江田の期待に応える必要があったのだ。
「わかっています」
晃一には江田の言うことが絶対だとわかっていた。だがこの日の事件はすでに江田たちの耳にも届いていた。
「いいや、分かっていない」
江田が冷たく言い張る。すると晃一は江田に詰め寄ろうとするが、仲間たちが晃一を押さえつける。
「君はあまりにも熱くなっている。今は平静を装い、学業に全力を尽くせ」
「…は、はいっ」
そんな中、別の男が連れ込まれた。
「いやだ、いやだ」
江田の配下の高城優介が連れてきた男は森田正樹、19歳。江田の中学時代の同級生だった男である。
「お約束どおり」
「そうか」
森田は江田の目を見た。
「知らないよ、俺は何も…別にいいだろ、聡ぃ」
すると優介たちが森田を蹴殴る。
「何だと、リーダーとはダチらしいな」
「それをいいことにゆすろうなんて、馬鹿正直もいいところだな」
その光景を晃一は傍観していた。そこへ江田がはさみを持ってきた。
「…さぁ、やれよ」
江田は森田へとどめを刺すのに自分ではなく晃一を使おうと言うのだ。
「何ですか」
晃一は戸惑った。そんなことできるはずがない。
「そんなことしたら殺人…」
すると江田は晃一を言葉で駆り立てた。
「殺人…はぁ?殺人犯ねぇ」
江田は笑った。
「おい、優介」
ここで江田は優介たち部下に森田をいじめることをやめさせた。森田は大文字に伸されていた。
「そんなことしたら、僕は殺人犯だよ。いやだよ」
罪が怖い晃一を見て江田が煽る。
「君はまだ高校生じゃないか、現役の。殺人犯に問われないよ」
晃一にそう言った江田は、ここで森田にはっきりと連行した理由を説明した。
「マサ、お前だろ。俺のことを悪く言うとはな」
「な、何を言うんだよ」
「この前聞いたんだ、盛岡学園を出たけれどどうにもこうにもならなくなって、悪いことに手を染めたやつがいるって」
江田は森田に泣きながら説明した。森田も負けじと反論する。
「しかしなぁ、貴様の所業はもう街でも騒ぎになってしまったんだぞ」
すると江田が森田の手をスパイクで踏み潰す。森田は悲鳴を上げた。そこへ晃一がやってきて、森田にこう言った。
「泣いてもわめいても誰も助けてくれねぇよ」
さらに江田の話が続く。
「お前のせいだ、バイト首になったのも」
そして江田は隠し持っていたサバイバルナイフで森田の手首に傷をつけようとした。
「死ね」
すると晃一が江田を止める。
「先輩、やめてください。先輩がやったらそれこそ殺人罪です」
「…じゃあお前がやってみろ」
しかし晃一は断る。そして交換条件としてあることを耳打ちで約束した。
「なるほど」
江田は納得した。その約束とは、時也、紀之、ゆきえの3人の抹殺だったのだ。
「それじゃ、あの人を病院へ」
「いいや、それはだめだ。変な情を見せないことが、地下で生活するための基本だぞ」
江田は晃一に森田をほっとけと言ったのだ。晃一は約束が違うと悔しい顔だった。
さて、森田の断末魔の叫びを、クラス集会を終えたばかりの栞と理恵子が聞いてしまう。
「今の声」
理恵子は森田の悲鳴に震えていた。
「怖いよ」
「ちょっと、よくそれでハングタンが…」
栞はそこで江田たちの顔を見てしまう。そしてその中に晃一がいたのだ。
「ああっ!」
しかし晃一は栞と理恵子に気がつかなかった。
とりあえず二人は中に入り、森田を救出した。
「まだ息があるわ」
「すぐに運びましょう」
すると森田が声を出した。
「さ、さとし…裏切り」
その声を聞いた栞は何か考えた顔でその場を立ち去った。
森田は病院に運ばれた。頚動脈は無事だったが、全身を打撲していたため外科処置を施された。