昼休み、さくらは志保に昌哉との接点の話をしていた。
「志保ちゃんのお父さん、薬メーカーよね?世界的な」
「うん」
「確か2年の小林昌哉君のお兄さんも…」
志保はさくらにそのことを言われてビクッとした。
「…どうしたの?」
志保はさくらに背を向けた。
「べ、別に…」
「小林基哉、24歳。ユーファーマ東北支店営業チーム」
「どうしてそんなこと、あたしに聞くの?話ならその小林先輩に聞きなさい」
そう言って志保は去った。
「さ~くらちゃん!」
理恵子が背後からやってきた。あわてふためくさくら。
「…ら、ラビ」
「あの子が中谷志保ね。それに」
さくらは力なく言う。
「うん、小林昌哉の兄の話なんだけど」
さくらは理恵子に耳打ち、それを理恵子は了承した。
「そうねぇ、こうなったら小林昌哉に話を聞くしかないわね」
しかしさくらは舌打ちしながら指を左右に振る。つまり違う、ということだ。
「直接彼から話を聞こうなんて、突然すぎない?驚いてみんな用心したら元も子もないわ」
「確かにそうだけど、でも」
そこへ偶然岩沢智紀がやってくる。彼なら何とかなるだろう。理恵子がさっそく智紀に声をかける。
「岩沢君」
しかし智紀は逃げた。係わり合いになりたくないのだろう。しかし理恵子は話があると、智紀を追いかけた。
屋上で理恵子とさくらが智紀に話をした。
「実は…」
智紀は驚いた。さくらが昌哉と志保の身内が会社の同僚と伝えたからだ。智紀は今まで知らなかった。
さらに理恵子が嘘の情報を智紀の耳に入れた。
「なんだと、志保と昌哉はいいなずけだって?」
「そうよ」
それを聞いた智紀は思い余って屋上の金網を蹴破ろうとした。それをさくらと理恵子が止める。
「やめなさい!」
「お願い、死なないで。たかが一度の失恋が何よ!」
「…志保、志保ぉぉぉぉぉ!!!」
そこへ夏子が駆けつけた。夏子は智紀を抱きかかえる。3人がかりの背負い投げにはさすがの智紀も完敗だった。
「何するんですか」
「…志保は、俺のことが好きなんだ。でも俺が告白できないばかりに」
それを知ったハングタンたちは智紀を解放した。
「さ、行きなさい」
「はぁい」
智紀が去った後、ハングタンたちは内緒話をはじめた。
「でもおかしいわ。クラスメートを使ってまで志保ちゃんを襲撃するなんて」
「本当にあいつらはけだものよ!」
夏子は怒りに燃えていた。
その頃、昌哉の携帯電話に基哉からの着信があった。
「兄貴、学園には電話するなって言ってるだろ」
「すまない。だけどお前の力が必要なんだ」
「どういうことだ?」
「無力なお前でもできることはある」
「ったく、無力な弟で悪かったですね」
昌哉は兄である基哉に説教されるのが一番嫌だった。だからすねてしまい今のような姿になったのだろうか?
「で、何をしたいんです?」
「今、学園に新型インフルエンザの兆候のある生徒はいないか?」
昌哉は戸惑った。盛岡学園ではインフルエンザの疑いのある生徒に休学措置を取らせていたから、現在通学中の生徒には該当者はいないはずだ。
「…あのさ、盛岡学園に今そういう生徒は」
昌哉はカッとなり、基哉に反論した。
「第一そういう生徒は休学させてますよ」
すると基哉はこう言って対抗した。
「なるほど、いないんですね。でもわかりませんよ」
今はいい、しかしどこから新型インフルエンザのウィルスが生徒や職員を襲うかわからない。
「いくらエチケットを気遣っても、絶対ならないことはありませんから」
「…なるほど」
昌哉は基哉の説明に納得していた。そして基哉は盛岡学園にワクチン接種の話を持ちかけたと伝えた。
「ワクチン接種、ですか」
「1ダース、つまり12個のアンプルが届くはずだ」
「わかりましたよ」
最後は昌哉も了承した。その様子を栞とさりが見ていた。
繁治は盛岡駅の新幹線改札口で新幹線を待っていた。
「12時15分…もうすぐだな」
繁治が待っていたのはもちろん盛岡学園に送られるインフルエンザワクチンだ。このワクチンは厚生労働省の担当者から中谷浩一を通じて盛岡学園に渡されることになっていた。
繁治は吉村浩一と駅弁を食べながら待っていた。
「銀色のバッグ、厚生労働省のマーク入り…」
はやて13号に乗った厚生労働省職員の後藤和弘が、盛岡駅の改札を出たのはそれから数分後だった。
「あれだ」
繁治は後藤に声をかけた。
「すいません、厚生労働省の方ですよね?」
「はい」
繁治は盛岡学園の関係者と名乗った。しかし後藤は中谷がいないことに気づいた。
「あの、ユーファーマの中谷さんは」
繁治は浩一を呼びつけた。
「それがですね、忙しいとかで来られないようです」
「左様ですか、わかりました。では」
後藤は繁治と浩一にワクチンの入ったバッグを渡した。
「おい、マイティ。大事なものだぞ」
「わかってます」
後藤が携帯電話で大谷に電話をかけた。
「あ、盛岡学園の理事長さんですか。はい、厚生労働省の後藤と申します」
「ご苦労様でした」
大谷が電話を切った。ここで夏子が理事長室のドアをノックする。
「失礼します」
「横田君、入りたまえ」
夏子はソファーに座らされた。
「何か?」
夏子は大谷に志保の一件を報告した。
「先日、中谷志保を襲撃した生徒に話を聞きました。すると彼女は2年A組の岩沢智紀という生徒と両思いでした」
「それで?」
「彼に小林昌哉との関係を問い詰めたところ、屋上から飛び降りようとして」
夏子にはさっきの光景がたまらなかったようだ。
「幸い、岩沢智紀は保護しました。あと…」
ここでまたドアをノックする音がした。
「誰だ」
「3年B組、日高栞です」
「シフォン」
夏子が入室を許可する。
「入りなさい」
「はい」
「実は、小林昌哉のことですが」
栞は昌哉が兄と携帯電話で連絡を取り合っていた話をする。
「お兄さんはユーファーマの人ですよね?何かあると思います」
「そうか」
栞は大谷と夏子が何を話していたのかわからなかった。
「それで?」
「実は間もなく、ユーファーマのワクチンが盛岡学園に届く」
「そう言えば、今日接種が行われるんですよね」
「あ、そうだったな。淳子君に」
大谷は養護教諭の鈴木淳子に電話した。
「鈴木君、もうすぐ国分君がワクチンを運んでくる。医務室の冷蔵庫のチェックを」
「わかりました」
大谷が受話器を置くと同時に、夏子は栞に左腕を見せた。
「それは?」
「わたし、渡独中にワクチンを接種したのよ。それもユーファーマだったかしら」
栞は納得した。夏子が使って効果があるのなら、生徒たちにも効き目があるかもしれない。
大谷が今回のユーファーマのワクチンの使用について説明した。
「盛岡学園に万が一パンデミックが起きてからでは遅すぎるんですよ」
「そうよね」
「だからショパンに注射させたわけだ。今日試しに1ダースのワクチンが届くことになっている」
「なるほどね」
栞は再度納得した。
「では、失礼します」
夏子は理事長室を後にした。
「シフォン、行きますよ」
栞も夏子についていった。そして夏子が理事長室を出て音楽室に向かっていると、俊彦とすれ違った。
「先生、表にバトラーが」
「わかったわ、後はお願い」
俊彦は職員玄関で繁治からワクチンの入ったバッグを受け取った。
「サンキュー、シゲ」
さて、午後1時に水沢江刺駅で基哉が待ち合わせをしていた。相手はユーファーマの東京本社に勤める井上啓だった。
井上が乗った新幹線が到着、そのまま駅構内の食堂で会食していた。
「井上さん、岩手県へのワクチン引渡しは明後日では」
「いやぁ、特別注文がありましてね」
すると井上は「盛岡学園様」と書かれたケースを2つ置いた。
「これですか」
「はい」
基哉は中を開けてケースを見た。
「しかしこんなに必要なんですかね、エリート校は大変ですな」
「そうですね」
それから井上は基哉の胸ポケットに小さな包みを入れた。
「これは些少ですが」
「えっ?」
基哉は井上に包みのことで説明するように言った。
「井上さん、今こんなところを見られたらまずやましい事になります」
確かに何も知らない事件記者がいれば、覚せい剤取引とか疑われそうだ。しかし井上はこう説明した。
「わたしが危ない薬を持ってくると思いますか?」
「じゃあ」
「これは東南アジアで市販されている解熱剤です。発熱性疾患に効きますよ」
それを聞いて基哉は井上に礼金の3万円を渡した。
「ありがとうございます」
「おいおい、礼を言うのはこっちのほうだ。これで岩手県民が救われるならな」
しかしこのワクチンと謎の薬が騒動の種になることを二人は知らなかった。