5月1日上海万博開催。郊外にも目を惹く建物がある。豪華な結婚披露宴が売りだ。このブライダルが当たった。経営は日本の「かづ美」、通常の3倍の料金ながら半年先まで予約が入る人気だ。

大阪万博でもマクドナルド1号店が開店し、新たな市場を開いた。

今、中国に「日本のおもてなし」を売ろうという会社も出てきた。

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江口君、東京ドームの屋根近くまで上がる。そこには太陽工業の担当者小原さんが待っていた。ドームに使用するテントが日本の自慢の技術だ。

上海万博の各国パビリオンの屋根や外観に使用されているのだ。

去年太陽工業の上海工場ではパビリオンの素材製造に余念がない。

10カ国からオファーがきていた。太陽工業は大阪万博で世界に名を知られて、今や世界一のテントメーカーとなった。

今回の万博ではベルギー館のオファーが非常に難しいデザイン。小原さんは初めての素材に挑戦。建築事務所でのプレゼンに臨んだ。ここで薄い膜のリスクを指摘され、穴が開いた場合や、半年の期間耐えられるかなどの課題が出された。大阪では荒木さんがこの受注を受けて、横須賀の縫製職人林さんのもとを訪れて、ベルギー館のオブジェ製作に取り掛かる。

平面パーツに分けて265枚にもなった。複雑な形を縫い合わせていく恐ろしく神経を使う長い長い作業が始まった。しかし本当のピンチはさらに後にあった。

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上海駅、観光客増加予想から拡張工事が行われた。太陽工業の小原さん、ここでもテントを任された責任者だ。10基を揃えて壮観な屋根ができた。

さてベルギー館のオブジェ。日本から届いた幕を鉄骨枠に乗せていく。工事は順調に進んでいった。ところが想定外のことが起きた。それは大きな箱。すでに床に固定されていた。これがオブジェとぶつかり形が台無しになる。

さらに問題が発生!幕が破けているのだ。いったいどこで穴が開いたのか。小原さんは穴の開いた幕を日本に送り返して再度作り直してもらうことになった。相模原の林さんも、急いで作り直す。

こうしてようやく全長43mのオブジェが出来上がった。

ベルギー館のオブジェは開幕初日から人気のパビリオンになった。

他にも手がけた館はどこも評判を呼んだ。

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江口君、接客指導を任されて上海市に。接客マニュアルとして市民に配られたものを見てから、上海に到着。入った食堂では店員がつっけんどんに水を置いていく。注文を取りに来てもくれない。

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加藤健太郎さん36歳。中国に接客を指導するために、コングレ上海で働いている。日本流おもてなしで、勝負をかけようと意気込むのは吉岡社長。

上海環境タワーの展望台でのスタッフを教育したのがコングレ上海の手始め。今や観光スポットとなったが、日本のおもてなしが浸透し好評だ。

総括の加藤さん、気付いたことを伝えていく。学生時代ディズニーシーのバイトがきっかけで接客に目覚めたという。「仕事が楽しいことを行動で示していければ」と加藤さん。

アテンダント数百人を任された。まずは大阪館の10数名に対し指導。中国人にとっては演技しているみたいで恥ずかしいという人もいた。この女性を含めて研修に出かけた。先ほどの環境タワーで客として訪問し、客目線で見ると違いが良くわかった。

加藤さんは開幕に向けて笑顔の作り方から歩き方まで、基本的な振る舞いから、混雑した場所での安全確保まで指導していった。

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プレオープン日。加藤さんは大忙し。イタリア館で列の調整をする。長い列を混乱なく案内。しかしドイツ館やイギリス館は案内がおらずに大混乱。早々に閉鎖してしまった。隣接する2館が閉鎖したため、イタリア館に押し寄せたため、待ち列が崩されて混乱し、イタリア館も閉鎖を余儀なくされた。

さて妙案はあるのか?

開幕した万博、加藤さんらは何度も検討を重ねて、待ち列と入り口を鉄柵で分離。混乱は起きなかった。そして接客、案内もまずまずだった。

大阪館の趙さんも「ぜんぜん恥ずかしくない。」とやる気まんまん。

そして吉岡社長も契約成立。世界進出の足場を築いた。
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江口君・・・中国の人たちにとっては新鮮なサービスという概念。まだまだ市場は大きそうだ。