脳の病気や難病などで運動機能を損ない意思の疎通が出来ない「完全な閉じ込め症候」という。今こういった人が増えている。

難病の筋萎縮症の照川貞喜さん。まったく意思の疎通が不可能になったら呼吸器をはずして欲しいと事前に録音してある。

作家の柳田国男さんが、照川さんのもとに向う。

2009年7月千葉県勝浦市。照川貞喜さん69歳、妻の恵美子さんとのコミュニケーションはわずかに動く頬でパソコンを動かす。

柳田さんは初めて照川さんとコミュニケーションをとる。ひらがなのひとつひとつを紡いで意思を伝える。根気のいる作業を恵美子さんが介在して行なう。「とりまく人が良いから安心」と伝える照川さん。

照川さんはシステムを利用してパソコンの画面に意思を表示する。「今でも希望書の内容は変わらない。」と。

柳田さんは息子洋二郎さんを自死で亡くした。洋二郎さんはコミュニケーションができない状態になって数日過ごし、柳田さんは生きる意味を考えたという。

昼下がり、照川さんは大好きな落語を聴く。チューブで摂取する食事。妻との会話をしながら。

---------------------------------

照川さんは慕われる警察官だった。病気が進んでも病院での情報発信など、出きり限り社会との関わりを意識してきた。

発症後、顔を虫が這っても除く事のできない歯がゆさを味わう。

暗闇の世界に身を置く様になると、人生の終わり方を「栄光あるものに」と希望する。

要望書には妻と子供も同意した。

妻の恵美子さんを取材。恵美子さんは’夫の意思を尊重したい’と語るが、迷いも生じている。「死んでしまったらおしまいだから。本当にこれでいいのか?とは思います。」

要望書は倫理委員会に提出された。現在の法律では人工呼吸器をはずすことは殺人罪に問われることもある。1年の議論のあと、病院側は’患者様の気持ちを尊重する’方向で決定した。

----------------------------------

柳田さんは22年前ALSと診断された松本茂さん77歳に面会。

額と顎で意思を伝える。永年ALSの患者の代表として活動してきた。照川さんとも親しい。しかし要望書については意見を異にする。呼吸器をつけることに罪悪感を持つようになるのは良くないという理由からだ。

----------------------------------

2009年11月、照川さんは新たな局面に立っていた。

病気がさらに進行して頬の筋力が弱くなり、パソコンへの伝達が難しくなっていた。コミュニケーションもうなくいかなくなり、体調の悪さもあって、恵美子さんとの会話が成立しなくなった。

夫にきつくあたるたびに後悔する恵美子さん。

照川さんは頬の状態がまったく動かなくなることも出てきた。「閉じ込め状態」に近づきつつあった。

意思が伝えられなくなっての生き続けたい!と思うようになる術はないのだろうか?

----------------------------------

柳田さんは、この日、鴨下雅之さん51歳に会う。完全な閉じ込め状態のALS患者だ。妻の章子さんは、まぶたの色などで体調を感じるという。

鴨下さんは9年前に発症した。子供たちはお父さんが家にいると言う事を聞いたと語る妻の章子さん。

鴨下さんは、意思の疎通が出来るときに、こういう状態になったらどうする?と聞いたときに、「五分五分」と答えたという。生きたいのか、死にたいのか、半々だという。

12月25日、子供たち2人と一緒に家でクリスマスパーティをする。次男「小さいとき良い思い出があるし、今も思い出が作れてうれしいです。」、そしてピアノを弾いて聞かせる長男。

柳田さん「辛い状態でも自分が家族の中心にいることにぬくもりを感じているのではないか。」

---------------------------------

照川さんは少し体調が上向き、意思の疎通もまた少し回復した。

柳田さんから手紙が届き、「照川さんが生きてそこに存在することが家族の支えになっているのではないでしょうか?」と問いかける。

いつまでも生きて欲しい!という柳田さんのメッセージに、照川さんはどう答えるのか?長い時間をかけて言葉をつなぎ返事を書いた。

2週間後、柳田さんは照川さんの自宅を訪問した。返事はパソコンに打ち込んである。「家族や社会のために生きろ!と言われても私には酷な話です。人それぞれ違いがあります。わたしは自分で選んだのです。命は自分のものだと思いますが、先生はどう思いますか?」

柳田さん「命は共有していると考える。自分のものでもあり家族のものでもある。」

照川さん「わたしはつらい」

照川さんは暗闇の世界では家族の支えになって生きていくのは辛いという。

しかし、血圧が下がったときに、医師を呼んだのは’まだ生きたい’という気持ちがあるからだろうと恵美子さん。

照川さんもまた、必死で今を生きようとしている。

柳田さんは照川さんに色紙を贈る。「勝浦の海に、照川さんのキラメキを感じます。照川さんは生きている。」

---------------------------------

命を巡る対話が終わり、柳田さんは「人間は身体が存在する限り、社会にアピールしている。医療の進歩は生と死の狭間で生きる人の心にまで向き合ってこなかった。今は倫理も含めて考えていくべきだ。」

照川さんは、海を車イスから眺める。もうじき視力を失う。海の景色を焼き付けるために。