人として… | 気の流れに身を任せ~自然に自然に自然にね

気の流れに身を任せ~自然に自然に自然にね

気の流れに身を任せ、気の向くまま赴くままに…

見た事、聞いた事、考えた事、思った事、

閃いた事…などなど、書いていきます。




これは


俺だけの感覚なのかも


しれないが…





人のブログでの


初コメは


少なくても


最初に挨拶は必要だと思うのは


俺だけか?


俺は少なくとも


「初めまして、こんにちわ」


「初コメ失礼します」


と入れる





ブログ主に


敬意を払えば


このような言葉は


自然と出てくる


敬意を払いたくないヤツのブログは


最初からコメントしない


つまりどうでもいい





俺はひねくれるから


挨拶の無いコメが付いたら


出ない理由を探す





人だけではなく


龍神もそうだ


俺にメッセージを送る理由


送ってきたメッセージには


そう簡単には飛び付かない


理由は簡単


何度もブログで書いているが


面倒臭くてやりたくないから


だから吟味して吟味して


動く


更に自分から


首を突っ込む事もしない


面倒臭いから





スピリチュアルの世界で


どれだけ力があろうとも


挨拶もロクに出来ない


人としてクソなヤツとの


交流は持つつもりはない





何故なら


俺はスピリチュアルには


嫌々携わってるだけで


スピ系の知り合いが欲しい訳じゃない





俺の知り合いが


ある高名なお坊さんに聞いたそうだ


「霊格とは何ですか?」と


そのお坊さんは


「霊格とは人格である」


と答えたそうだ








自分に力があると


絶対的自信を持っている


スピ系のヤツほど


挨拶の出来ないヤツが多い


何故なら自信の余り


謙虚さを知らないから


自分は全てを見透せてる…


くらいの態度で来る





本当にそうか?


全てを見透せてるのか?


知らない事が一つも無いのか?


知らない事が一つでもあれば


もしかしたら


自分はニつ目の知らない事が


あるかもしれない…


と思わないのか?


知らない事がある事を知れば


謙虚になる





先日書いた


『置き去りにされた龍神』に


コメントが付いた


タイトルが「その龍神様は」で


本文が「視えなかったのか」


コメントは承認制にしてるので


こんな失礼なコメントは載せない(笑)





結果的に


内容は載せたが


承認して名前が晒されないのは


俺の優しさだと思ってくれ





「お前の感じた龍神は


龍神なんかじゃねーよ」


くらいの思いを持って


コメントしてきたんだろ





挨拶は


『和』を作り出す


第一歩


『和』を作り出せないヤツは


いらない


挨拶の無い世界に行ってくれ





ここは


少なからず


挨拶を重んじる世界だから





そして


どんなに言い訳しようとも


既に挨拶の無いコメントを


送った事実がある事を知れ