シマちゃんのお通じは、普段は1日おき。 でも時々リズムが乱れることがあり、3日間出ないとなると、さすがに心配になる。 2日目までは「そろそろ出るかな」という気持ちで済むが、3日目ともなると、こちらも一日中辛い時間を過ごすことになる。

 

 

というのも、

私自身が若いころから便秘に悩まされてきたので、あのつらさがよく分かるのだ。 今は薬のおかげで毎日快適に過ごせているが、彼女にはこんなところは似てほしくないものである。

 

 

お腹の張りや気分の悪さは、経験した人にしか分からない。 そのつらさをシマちゃんが味わっていると思うと、何とかしてあげたくて、昨日は朝から食欲が出るように匂いを変えたり、おやつを工夫したり、トイレ砂を新しくしたり…できることを全部やって過ごした。

 

お腹をなでながら「楽になるといいね」と、祈るような気持ちで、1日中そばにいたのである。

 

そして今朝。

彼女のトイレで“無事の証拠”を見つけた瞬間、思わず「やった!」と声が出てしまった。 「苦しかったね」「よかったね」「スッキリしたでしょう」と声をかけながら、頭から撫でてやった。

 

良かった!という気持ちを彼女と共有できていることを感じ、胸の奥からじんわりと安心感が、そして喜びの共感が湧いてきたのである。バンザイ!!

 

 

結論的には

「人間は自分に似た動物を好きになる」で、心理学上のビックファイブ理論によって、その傾向をみることができるという。

 

犬派は犬のように、言われたことに応えようとする人で、猫派は自分優先の傾向があるという(北九州市立大学の田島司教授の研究)。

 

 

かなり知られつつあるように、

猫はリビアヤマネコが祖先で、群れを作らず独立独歩で生き抜いてきて、野生を強く持っているから、言うことをきかない傾向がある。

 

犬はオオカミが祖先で、群れを成して狩りをして生きてきたから、ボスや他の仲間に認められようと、要求に応えようとする性格を持っている。

その上でこの性格を、人間が都合の良いように改良してきて、多方面で役に立つ多種類の犬となったもの。

 

 

面白いのは、

犬派には犬に似た人が多いのに対し、猫派には猫に似ていない人も、かなり多かった事実(サンプル数が少ないことを断っておくが)である。

 

以下私見であるが、犬は飼いならされてきただけに、その性格分類がはっきりしおり、人間が合わせやすい性格を持っているのではないか。

 

これに対し、猫は多くの野性味を持っており、人間の性格に合わせにくく、合うところもあれば合わないところもあるので、ばらつきが出たのではないかだろうか。

 

 

現に私などは、猫好きではあるが、他人の要求には極力応えようとするし(犬派的)、猫のようにデレデレベタベタはしない。

独立独歩的(猫派的)ではあるが、会社などの組織は嫌いではない(犬派的)。

 

 

5月14日

 

シマちゃんが我が家に来てから来月で1年。体型はほぼ変わっていない。

 

餌は市販のもので、やや多めに与えているが、満足すれば食べ残して、次の食事で足したものを食べる。おやつは欲しがらずに寝ているときは、あえて与えない。

 

ほぼこの繰り返しで過ごしてきたが、太らないし痩せない。

吐かないし下さない(元野良の強さであろうか)。

 

昨年6月16日

 

体型・体重がほぼ変わらない大きな原因として、

一つは、彼女自身の知覚としての運動量や食欲で、食べる量を変化させているようであるが、節制が効いていて太るほどには食べない。

 

もう一つの方が重要に思うが、餌はほぼタンパク質のみ、炭水化物が猫にとっては鬼門らしい。

 

というのは、

猫にとっても炭水化物は太りやすく、体質的にも合わない(必要な栄養ではない。消化もしにくいという)のだ。

5月16日

 

人間は体質的に、炭水化物を主なエネルギー源としており、食べないとどこかに支障をきたす。炭水化物抜きのダイエット法はよくあるようだが、長期的には無理があろう。

 

猫に学ぶにしても、炭水化物抜きは、短期的な話である。

長期的には、食事の必要量を知るべきだろう。おやつなども節制すべきは節制して、入るエネルギーと出るエネルギーを知って、節制を実践することである。

 

猫に負けるな!

 

 

今朝22日6時半ごろ、近くへ落ちたのか、戸は開けてないのに、かなりな音量で「ドッカーン」とカミナリがきた。

さすがのシマちゃんもびっくりして、大慌てでどこかへ逃げた。

 

 

そして少ししたら、ひざ元へすり寄ってきたのである。

「やー、怖かったね」と声をかけてやりながら、頭から背中を撫でてやった。そして、嬉しさがこみあげてきたのである。

 

通常、ツンが多く出ている女王様で、めったにすり寄っては来ない。

それが珍しく、カミナリのお陰ですり寄ってきたのだ。

(案外頼りにされているんだな)と、急に嬉しくなったのだ。

 

なにホルモンか知らないが、ドバっときた。いとおしさ百倍、涙が浮かぶうれしさだった。

 

 

 

シマちゃんの肉球が冷たかろうと、冬スタイルとして、フローリングにベッドマットやコタツ敷などを敷いた。北向きの4畳半を物置的にして、シマちゃん用には、主に2DKを使わせていた。

 

それを思い切って、昨日、夏スタイルに切り替えた。

敷物をやめるなどして、4畳半も彼女用に復活させた。

 

 

今年は暑さが急にきて、少し遅くなった感じはしたが、寒がりのシマちゃんだったので、そうした敷物をやめるのを躊躇したため、模様替えが遅れたもの。

 

 

 

この4畳半はシマちゃんが我が家にやってきたとき、ケージを置いて彼女の専用的な部屋としていたところ。

 

 

半年以上ぶりに、トイレをここに戻し、水飲み場を増設、段ボール箱も増やした。

 

ケージは畳んじゃっているし、餌場は戻してないし、少し広々していて、かなり戸惑っていたようだが、ざっと一回りして観察を終えたようだった。

 

 

シマちゃんとしては、

1対1での家猫暮らしが始まった懐かしさや、慣れてケージから出た開放感などを思い出していただろうか。

それとも、自由な野良猫生活を中断されて、閉じ込められた恐怖感を思い出す部屋だったのだろうか。

 

等々とも考えたが、私も初めての猫との暮らし。

 

脱走を警戒しての緊張や、お世話の明け暮れでの、しくじり等がないようにと、新しい緊張の毎日であった。おかげで健康的な規則正しい生活を送れた。

 

だから、振り返れば、濃密で忙しい幸せな時間を、過ごさせてもらったのは、人間の私の方であったことを知る。

 

 

 

シマちゃんは5歳まで野良暮らし、4畳半での4か月程度しかない過去では、ちょっと寂しい話ではあるが、4畳半にはそれほどの印象は無いのかもしれない。