独断と偏見の日記帳 -17ページ目

独断と偏見の日記帳

国際結婚した男の日々の言いたい放題のブログです。

 日韓戦となると韓国側に異様なほどの気迫がみなぎる。


 そして、Jリーグ勢がその気迫負けが続いている。そもそも、その原因は、監督の采配にあると感じるのだ。


 今日の名古屋と城南の一戦。リードされて追いついて逆転した。2-1。しかし、ロスタイムに同点弾をくらった。


 いま思えば、DFのダニエルを投入した時点で勝ちはなくなったといっても過言ではなかったと思う。実は、韓国勢と闘う時は非常にリードしたときは逃げきろうとする場合、ほぼ十中八九逃げ切れないのが日本勢だ。


 日本が韓国に勝っているときは常に攻撃的に行っているときだ。攻vs攻の場合、韓国勢は点はとれないのだ。


 ザックにしろ、ストイコビッチにしても欧州型サッカーを踏襲しようとしている。しかし、こと韓国に関しては、逃げ切るという選択はないというか、頭から無くした方がいい。90分間攻撃に終始する。これこそが韓国勢に勝てる秘訣でもある。


 実は、韓国勢のひとつの弱点は守備が弱いということ。つまり、一歩も引かない攻撃にある。波状攻撃が大好きだ。相手が一歩でも引いたら、一気呵成にというか、寄ってたかって殴りこみにかかる。


 これにやられたのが、日韓W杯の欧州勢だった。


 だが、その一方で電光石火のドリブラーに最終ラインが突破されると途端に守備陣が崩壊する。これは、中東勢に弱い、という結果に表れている。とにかく、カウンター+高速・変速ドリブラーがいると韓国は弱い。


 だが、いまのJリーグ勢にこういうタイプのドリブラーが少ない。


 しかし、欧州の監督は、学ぶべきだろう。リードしても韓国勢の場合はさらなる攻撃を仕掛けるべき。徹頭徹尾攻撃を貫くべきだ。これこそが、韓国を打ち破る秘訣でもある。

 正直、沢抜きで米国に勝てたことに驚きを感じている。


 1-0とはいえ、正直、米国が勝てた試合でもある。3-0下手すれば、4-0もあり得た。しかし、米国の攻撃が雑すぎたことで日本が助かったともいえる。


 なにせ、前半、決定的なシュートが米国に何本あったか。日本のシュートよりもパワーがあり非常に破壊力は抜群だった。しかし、ポストなどに跳ね返された。


 アウトレンジ攻撃で後半は、波状攻撃をかけてきた。日本に対する、アウトレンジ攻撃は身長の高い欧米が得意とする。


 しかし、その正確性には欠けるものの身長が高い分、欧米に部がある。


 ところが、今回はそうはいかなかった。


 日本に沢がいなかった。その点、米国の士気が下がった、というより肩すかしをくらった感じだった。そのため、軽く流せると思ったのが負けにつながったのではないかと・・・・・。


 日本にとっては、精神的支柱の沢の不在でも勝てたことにある種、世代交代が始まったともいえるのではないだろうか。


 その点、米国はワンバックといった主力が抜けた時の不安が出てきたのではないか。確かにパワーがある。テクニックもある。しかしながら、最終局面で雑さが目立っていた。


 日本の勝利は、女子サッカーがある種、新しい世界を開かせたということだろう。

 正直、オセロ中島の問題にこんだけ、大騒ぎする必要があるのか、疑問だ。さらに有田や紀藤といった脱マインドコントロール屋がテレビ出演していたが・・・・・。


 今回のこれって単なる、鬱とか引きこもりのたぐいじゃないのかと、私の独断と偏見から言わせてもらえれば、オセロというコンビの特性があるのではないかと。


 オセロは女性漫才芸人として、これまで二人三脚で歩んできた。


 しかし、一方は結婚し、幸せな家庭を築いている。中島は、恋人との別離などといったある種の不幸から、次第に家に引きこもるようになった。そこにたまたま、占い師と称する女性とその関係者がいたというだけ、ではないのかと。


 そもそも有田や紀藤がしゃしゃりでるような問題でもないのだが・・・・。まあ、こいつらはあの某宗教団体とやりやっているが一見優勢に見えて、徐々に劣勢の中にあるという。とくに国内ではなく、海外で劣勢にあるというのだ。


 そこで、国内向けに今回の事件というかこういうのを利用して、売名をしているのではないかと思えるのだ。


 それは、さておき今回の中島の問題は本当は、こいつらの出番はなかったのではないかと。


 それに、いまワーワー騒いでいるのは、男たちばかりだ。

 

 もし、早い段階で女性が相談相手になっていれば、いまの状況を離脱できたのではないだろうか。他人のことはとやかく言いたくはないが、有田や紀藤はそもそもいなかった方が、よっぽど穏便に済んだのではないかと。


 まあ、松島とはあいたくない、といったようだから、やはり、松島の結婚あたりから徐々に距離が開き始めたのではないのかと思えてならないのだ。


 女性ではなくても、常に一緒にいたひとが急に幸せになり、自分はみじめになる。これをあっけらかんといけるひとと、そうでない人がいる。


 中島はそうでなかったということになる。そのことももっと調べてもよかったのではなかったかと。

 ブラジルW杯サッカー大会の第三次予選の最終戦のウズベキスタン戦が、トヨタスタジアムで行われ、日本は0-1で敗れた。


 これで明確になったのは、最終予選へ2位で進むことだ。それにシード権が間違いなくなくなったということだ。


 だが、今日の試合は、ザックジャパン誕生以来もっとも最悪の試合だったのではないだろうか。前半こそは主導権を握れたが、


 ただ、前半は日本が握っていた。しかし、岡崎のシュートがポストに嫌われた時、やはり嫌な予感がした。というのも、決定的シュートが外れた時の試合というのは、おのずと流れが変わるもの。案の定、後半にやられてしまった。


 やはり、今日も決まり切った、決められるときに決められないとこういう結果になる、ということだ。


 まあ、日本の生命線である連動性が全く皆無だったことだ。日本は常に走り、動き回りながら相手を翻弄するというものだ。


 しかし、出場選手の多くは、昨日帰国し、合流した。そもそも、そういう状態で日本の得意とする試合展開ができるのか・・・・甚だ、疑問だ。


 今日の試合は、明確に分かったはずだ。いくら海外で調子がよくても、国代表となった時の連動性が整うことが難しいことをこの試合で証明した。


 アルゼンチン、ブラジル、といった強豪国の様にはいかないことも分かった。まだ、そこまでのレベルには至っていないことも分かった。


 日本の場合は、熟成度が問題になる。日本の組織は、その熟成度の度合いによってスタイルも確立されてくる。しかし、それが不十分な場合は、目を覆いたくなるような試合展開になる。


 今日の試合は、まさにそれが現実になった。それが収穫であり、欧州組を来日後、すぐに起用する冒険、挑戦したザック監督を評価したいと思う。これからのことを考えた時、こういうことも必要だからだ。


 まあ、またぞろ文句をいう評論家はいるだろう。しかし、日本が欧米のように強くなるためにはこうした起用法も必要だろう。


 

 名選手、必ずしも名指導者にならず。


 という言葉がある。


 実は、これ、好ランナー必ずしも実業団に所属せず、になりそうな昨今のマラソン界。


 男子が世界トップクラスの選手を育成出来ずに迷走するなかにあって、脱実業団で2時間10分を切る選手が出てきている。


 稀とは言われながらの中である。


 昨日の東京マラソン。予想通り、アフリカ勢が強かったが、そこに割って入ったのが、準優勝の藤原新。実業団に所属せず、孤高にもくもくと練習をするプロランナーでもある。


 それに比べると女子は、新星が続々と登場し、思わぬ結果をだし喜ばしたり、落胆させたりもしている。それでも、世代を交代しながら新たな力の台頭がある。


一方男子は、ひところの隆盛が影をひそめ、単発的に好ランナーが出ても長続きしない形で引退している。


しかし、その代り、走る公務員こと川内選手が登場してから、雰囲気ががらりと変わった。


これまで実業団は、駅伝とトラックを重視していた雰囲気があった。そもそも、マラソンに挑戦する選手が、実は、駅伝やトラックの延長でしか捉えていないふしもあったりする。


 準優勝の藤原にしてもマラソンに挑戦したいという願望を持っていた。そのため独立した。


 川内選手は、実業団に入ったもののその実業団の練習法が体に合わず、辞めた。そして、普通に暮らしながらトレーニングすることにした。その結果、タイムが下がるどころか、出るレースごとに成長し、いつしか日本のマラソン界に旋風を起こすことになった。


 ただ、これは非常に稀だ、ということを普通のひとをやろうとしていい結果が出るわけでもない。


 それなりに実力があってこその彼らなのだ。だから、安易に普通のひとが希望を持つのはよくない話だ。

 しかし、すっかり忘れていた。日本vsアイスランドの試合があったことを・・・・。


 結果は3-1での勝利。まあ、おんのじか。


 国内組で統一されたチームは日本に復帰した槙野が大活躍で勝ったようだが。とはいえ、内容的にはまだまだだったようだ。


 まあとにかく勝ってよかった。


 ランキングは、大きく下がったがまあ、その理由が、親善試合をしていないからというもので勝てば、上がるものだからそんなには心配していないのだが。


 U-23日本代表は、ロンドンへ向け一歩前進している。それだけに、ふがいない戦いだけは、これからもしてほしくないものだ。

 それにしても昨日の試合は、日本の大勝で幕を閉じた。


 意外だったのがシリアがバーレーンに敗れたこと。1-2の僅差だったとはいえ、敗れるとは・・・・。


 それにしても昨日は、酒井(宏)の上がりは非常によかった。キレもよかったし。でこぼこのグラウンドのなかでよくやっていたと思う。


 ただ、心配なのは大迫だ。


 後ろからおされて、顔面を強打し、試合には復帰したものの、しばらく走って座り込むということもあった。そこから、交代選手を次々に投入したが・・・・。


 とにもかくにも最終戦はホームでのバーレーン戦。勝つか引き分けでロンドンへ行けるわけだが、勝って兜の緒をしめよ。だ。


 本当に日本の大学は使い物にならん。というか、入試問題でこんな問題が出ること事態問題だ。

 まだ、60年安保、70年代安保をほうふつとさせる。

 いま、あの時代を懐かしむ声がある。政治に対しての熱望や不満をぶつける熱さがあった、いまはそんなのがない。こんな風にしたのは教育が悪い、と。

 非常に皮肉だ。そもそも、こういう風な教育を推進したのはとりもなおさず、この安保闘争の活動家で行き場所がなくなって公務員になった。そして、そこに大量についたのが教師という職だったこと。日教組という強固な左翼教職員組合を作ったこと。

 そもそも、この安保闘争は共産党が始め、仕掛け、さらに国外の共産主義者たちがあおったことそれに過激派の学生たちが盲信的に突き進んだこと。そして、マルクス・レーニン主義に洗脳されたこと。つまり、マインド・コントロールされたというのがある。あの時代の彼らの行動を見ると一種の過激派宗教の信者のようでもある。ようは、オウムのような連中が、あの時代たくさん大学の中にいたというような印象だった。

 そのうち、共産党をはじめとしたリベラル派が梯子を外してしまった。そこから、一挙におかしくなり、原理主義者になって没落していったともいえる。

 そんな連中を思い起こさせる記事だ。

 それにしても、国旗国歌「教育にふさわしくない」というのであれば、じゃあなんでサッカーの日本代表のときの国歌斉唱のとき皆でスタンドで歌うんだ??。

 彼らは、はっきり自覚しているのだ、日本の国旗国歌が流れるというのは普通のことであり、それこそが国際的規範だということだ。サッカーの親善試合で国外に出る。そこで受けた鮮烈な印象は、これまで自分たちが教えられてきた教育がおかしいというものであり、やはり国旗国歌は受け継がなければいけないという思いをした雰囲気がある。

 そもそも、あれほど国家を謳うシーンはあまり見たことが無い。学校や教育現場で国旗国歌をやるシーンはない。

 それにこんなことを議論していることじたいおかしな話のなのだ。

 いよいよ、韓国が日韓併合時の状況に似てきた。ただし、その相手が代わったが、米国か北朝鮮か、中国か、そして日本か。手を組む相手によって韓国のこれからの数十年が決まるだろう。しかし、残念ながら韓国は悲劇への道へ歩む公算が強くなってきた。

 いまこそ、過去の歴史を学ぶべきだ。←っていうか、期待する方が無理かもしれないが・・・・・。

 日韓併合時の韓国は、内部で大きな対立を抱えていた。大院君派、高宗派、閔妃派、親日派これは清派、ロシア派、米国派、日本派などなど国内はてんでんバラバラ。国家という体をなしていなかった。

 親日派は、欧米列強の代理戦争のような戊辰戦争を乗り越え、ほぼ政権の無血ク―データーを成し遂げた日本に注目していた。当時、欧米も日本の政変に注視していた。

 現在、中国は北朝鮮を傘下に置き、韓国を支配すれば、韓半島を橋頭堡とし、次に日本を虎視眈々と狙ってくるのは、ひを観るより明らか。日本を支配下に置けば、太平洋に出る。その先は、米国だ。つまり、米国と国境を接することになる。大海原へ出れば米国へ行くに邪魔する国はない。

 尖閣諸島に関してもそうだ。そこを拠点にすれば沖縄の米軍を抑えることもでき、けん制もできる。

 韓国は、米国とは同盟を結んでも、日本とは結べない、日本=憎むべき敵であり、一緒に行動を共にするのは死んでもいや。無理にでもすんなら“殺せ!!、八つ裂きにしろ!!、ぐちゃぐちゃにぶっ殺せ!!”が合言葉になっている。それほどだ。

 だが、地政学上、日本と米国とのラインを強化すれば韓国の自由はなくなることはない。だが、今の韓国は、間違いなく亡国へと進んでいる。韓国が生きる道は、日本と同盟を結ぶこと。これしかないのだ。

 昔は、残念ながら同盟ではなく併合という路になってしまったが、これも韓国の国内情勢のグダグダが招いた要因なのだが、とにかくにも韓国が北朝鮮や中国の脅威から生き残るのは日米韓の同盟強化。それこそが生きる道なのだ。選択肢はないのだ。

 東日本大震災で津波で破壊されたがれきをどう処理するかで、もめている。


 東北のがれき処理をしたいと、手を挙げているのは、東京のほかほんのわずかだ。受け入れを拒否している理由は、放射能、被曝だ。しかし、それはほんのわずかであり、反対する理由にはならない。


 たとえ、そうであっても受けれいれるのが日本人としての誇りだろう。


 そもそも、それをあおっているのが、元左翼連中などの活動家たち。その人たちが、あることないこと吹き込んであおりにあおった。市民団体というのが怪しい限りだ。


 私の独断と偏見から言わしてもらえば、心配するのは分かるが、がんばろう日本、がんばろう東北を唱えるなら、東北のひとに協力したいと思うのなら、率先してがれきを受け入れるべきだろう。


 ~がいやだから、持ってくるな!!、政府は説明しろ!!と言っている連中は非常に腹が立つ。はっきりいって彼らこそ偽善者であり、そんなに心配なら福島県から北へは生きている間、一生行くべきではないと思う。そもそも、なにも協力していないからだ。東北産の食べ物を食べているから、募金しているからいいじゃないか、というかもしれない。しかし、それは協力ではない。


 がれき受け入れを拒否しているのは、東北に死ね!!と言っているようなもだ。


 過激なこといえば、がれきを受け入れない反対者は、殺人者といっても過言ではない。子どもや被曝ということばを隠れ蓑にしているにしか思えない。それを隠れ蓑に自分たちは安全でほかは構わないと言っているようなものだ。


 細野大臣が、反対住民に「私に話をさせてください」といったとき、あるおばちゃんが「それは聞きません、絶対反対です」といったとき、こういうおばちゃんが、気付かずに日本を亡国へと向かわしているし、東北を苦しませているという感じがしてならない。


 本当に心配なら、まずは受け入れる前にしっかりと自分たちで測り、受け入れ、がれきを処理していく。最初から最後まで自分たちの町は住民たちが率先して守るんだ、という意識を持つべきだろう。


 なんでもかんでも反対というのでは、まさに東北の住民たちに対して、死んでくれ!!と言っているようなものだ。


 よく葬祭場や焼却場、ゴミ処理場、マンションなどを建設するときに説明会をしようとする。しかし、よく説明会なのに説明者の話を聞く前から、反対をとなえ、話を聞こうとしない。学校の先生から言われなかったか、「人の話をよく聞きなさい」と。


 それが、できていない馬鹿なおじちゃん、おばちゃん、そして大人が多すぎる。それも自分勝手な意見をいいたてて、相手を打ち負かそうとする。


 非常に情けないと思う。