それにしても、小沢幹事長は、一体何様のつもりだろうか。
国事行為と公的行事の区別をつけずに記者たちを恫喝した。
米国との関係がぎくしゃくしている中で、大朝貢団をひきつれて中国のコキントウ主席に会いに行った。そこで、解放戦線のたとえ話をして物議をかもした。
幹事長は、中国共産党の尖兵かと疑いたくなる。というより、中国共産党帝国が日本を植民地にするために送り込まれた政治的スパイかと思うほどだ。
しかし、今回の天皇陛下と習副主席との会見は、当事者間ではいいような雰囲気を醸し出して終了したが・・・。百歩譲って政治的利用ではない、といっても中国ではまさに政治利用するには格好の材料となったことは間違いない。
小沢一郎はどこに行くのか・・・・。政治の師、故田中角栄はあの世で嘆いているかもしれない。
自分はその角栄になったつもりか、しかし、小沢はその角栄にはなれない。角栄にあって、小沢にないもの。それは、人を食ってしまうような策謀と策略だ。
角栄さんならしょうがないや・・・、と敵対する相手も苦笑いさせ、味方につけてしまうようなそんな人柄があった。
ところが、小沢さんには、それがない。あるとすれば、冷たさだ。それも冷酷なまでの冷たさだ。記者を恫喝するような冷酷なまでな冷たさがある。
それが、一定の人は受け入れても、そのほかは拒否する。とにかく、冷たいのだ。
それだからこそ、角栄ほどの人望は集まらないし、これからも集まるわけがない。
壊し屋、の異名はあながちあたっているともいえるだろう。